苦痛が快感に変わる時 内田あぐりインタビュー

本展における内田氏の出典作品。右から《生の空間》1985、《吊された男#01K》2001、《わたしの前にいる、目を閉じている》2007

 さまざまな技法を取り入れながら常に革新的な人間像を描き、気鋭の日本画家として活躍している内田あぐり氏。今回の内田氏へのインタビューでは、2016年9月から11月にかけて開催された平塚市美術館の「【企画展】アーティストin湘南3 創画会ゆかりの画家たち」で出展されていた作品を中心に、創作にかける思いや創作方法、また今後の展開についてお届けする。

展  示:アーティストin湘南3 創画会ゆかりの画家たち
公式HP http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/20162006
会  場: 平塚市美術館
会  期: 2016 年9月24日(土) ~11月27日(日)
時  間:9:30 ~ 17:00(入場は16:30 まで)※本展は終了しています

 

 Art inn

 内田さんは、2011年にもここ平塚市美術館で展示を行っていますね。今回は3点の展示ですが、前回はどのような内容だったのでしょうか。

内田

 2011年の展示では、ドローイングに近いものや、7mくらいの大きな作品もありました。その時は舞踏家の大竹宥熈さんとコラボレーションして、作品の前で踊っていただいたり、大竹さんの踊りをドローイングするワークショップも行いました。ワークショップは大竹さんの肉体や動きを描くという内容で、いろいろな年代の方が参加していたのですが、特に小学生のお子さんがモデルの顔や体の特徴をピュアな眼で捉えていたのが印象的でした。

Art inn

 舞踏家の肉体のように,動くものを描く時の手法や心構えがあれば教えていただけますか。

内田

 ムービングをドローイングする際には、一瞬でしか掴むことができないもの、生き生きとした表情を見ていますし、動く軌跡とそれによって生まれる周囲の空間を掴むようにしています。例え全てが描けなくても構わない、一瞬のフォルムを追いかけていきます。また、鉛筆や水彩絵の具に紙などのシンプルな素材で直接的に描けることもドローイングの面白さです。

 舞踏家の方を描く場合、私自身は踊ってはいませんが、一方的に描くのではなく、お互いに(動きを)共有して踊らされている・描かされているような感覚に陥ります。そういう時、私は体全部が目となるような、全身全霊を使って描いています。

 

アーティストトークにて、《吊された男#01K》2001の前で語る内田氏と、平塚市美術館主査兼学芸員の勝山滋氏

Art inn

 2001年に制作された《吊された男#01K》は荒々しく、どこか暴力的な印象を受ける作品です。この絵の中で目につく要素として、縫い目が挙げられますね。

内田

 私は作品に対して暴力的になることがあり、絵の具を投げつけたり、紙を破いたり、また日本画ではありえないことですが、彫刻で使う鉄べらをつかって削ったり切り裂いたりします。縫うという行為も破壊した人体のフォルムをもう一度再生するという意識があります。縫い目も作品への暴力の一環ではありますね。

 コラージュでフォルムを作る時が一番苦しい時間かもしれません。何度も繰り返しフォルムを作り直したり、失敗したりと、ようやくうまくいくと、できた絵のフォルムに当てて再度コラージュを切り刻み、もう一度破壊してから縫うという過程を繰り返します。そして、どうやったら一番きれいな破壊のフォルムをつくることができるのかを考えながら進めていきます。

Art inn

 「吊される」という事態は宙づりにされるということですが、その場につなぎ止められていることでもあります。縫われることは痛みを伴いますが、痛覚によって自分がその場にいるのだと感じる、つまり生を実感する機会であるとも言えますね。

内田

 縫う時は、紙縒(こより)という紙糸を墨で染めて縫っているのですが、縫う楮紙は丈夫で厚く、針も太いですし、指が変形するほど痛いのです。また、制作の際は画面を床に置き、その上に蹲って(うずくまって)縫うのですが、肉体を酷使するので指と末端と腰が痛くなります。そして、その苦痛がたまらない快感になっていくんですね。

 《吊された男#01K》に関しては、制作当初はあまりうまくいってないと思っていたのですが、今日久しぶりに改めて見てみると、好きだなと感じました。作品に対しては、時間がたたないと客観的にはなれません。自分のつくったものは、制作が終わってからアトリエの外に出した時に初めて言葉を発するので、その時に作品が「自分で立っている」か否かがわかります。

 Art inn

 2007年に制作された《わたしの前にいる、目を閉じている》も縫われている作品ですが、《吊された男#01K》ほど痛ましい感じはしませんでした。花というモチーフが出てきていることもありますが、この作品は女性的で、縫われている部分は女性の装着するコルセットのようにも見えます。

 内田

《わたしの前にいる、目を閉じている》は白描*1 という線描で描いた具体的な人体のフォルムも出てきますし、吊るされた男を描いた後の時期に制作しました。花のように見えるのは「生」を象徴している唐草文様で、昭和初期の夜具地の文様からヒントを得ています。私の中には、線描と、色彩やフォルムを見せる両面があるように思います。同時にこの絵では何も描かれていない余白も意識しています。コルセットはたまたまそのようなフォルムが現れたのですが、あの絵はうまく破壊と再生ができた作品でもあります。

 Art inn

 今回の展示とは離れた話になるのですが、最近の作品では、《SIAN/sep. – mar.drawing》《SIAN/feb. – may.drawing》という作品を描かれていますね。こちらは今までのキャリアとはかなり異なるという印象を受けました。

 

《SIAN/sep. – mar.drawing》《SIAN/feb. – may.drawing》2015-2016 Photo; 内田 亜里 ウェブサイト:http://www.aguriuchida.com/より

内田

 この絵は縦が2メートル、横が7メートルあるドローイングで、孫をモデルにしているのですが、1歳の歩き始めた頃から動きやフォルムを追いかけて描いてたら面白くなり、一年という時間が経過しました。私はドローイングを、その時にしか描けない一期一会のものだと思っていて、その気持ちを大切にしています。その意味で、この絵も一度きり、その時にしか見ることのできない、描けないものです。これを作品化したり発表したりすることは考えていなかったのですが、武蔵美の美術館でやった「絵の始まり 絵の終わりー下図と本画の物語」展で出展しました。

 子供の絵に関しては、1984年に娘が6歳の時の絵を描いたことがあります。今描いているものとは全然違うのですが、今子供の絵を描いたらどのようになるのか、いつか描いてみたいですね。

 Art inn

 最後に、今後どのような絵を描いていくのかをお聞きしたいと思います。昨年お話を聞いた時に、海をモチーフにしたいと伺っていたように記憶しています。

 内田

 最近はよく風景をスケッチしています。海を描くとすれば、水平線の海ではなくて、「海にある何か」になるとは思いますね。

 先日沖縄へ取材に行き、沖縄から触発される何かを描いてみたいのですが、きっと人体に関わる形の風景の表現になるでしょう。沖縄の久高島にある「イビ」という女性器を敬う祭壇の前でスケッチをしていた時、樹木の中に私がいつも人体の中に見出しているフォルムが垣間見れました。人間も自然の中の一部なので、(見出されるものは)同じですよね。そういう像が風景の中に現れたところを捉えたいのです。今までもそうした人間表現を描き続けてきたので、これからも続けていくのだと思います。

*1 白描……墨1色を用いて筆線を主体として描く技法

※無断転用は固くお断りします。

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