サラリーマンが開いた扉~豊かなアートの世界へ~ 須藤一郎インタビュー

 会社員時代、美術館で出会った絵に運命を感じてその場で買い上げ、町田で美術館を設けるに至った須藤一郎氏。その後、銀座のギャラリーを経て小田原のアトリエへと拠点を移し、現在も出前企画などの活動を継続している。

 たとえ一枚の絵が気に入っても、美術館に飾られているものを購入するには、相当の勇気がいるだろう。その上、好きが高じて美術館をつくるなど、熱意と使命感がなければできることではないと思う。今回は、須藤氏のコレクションを展示している「箱根芸術空間 風伯」にて、須藤氏のアートへの熱意や、サラリーマンと館長の両立、今後の展開などについてお伺いする。

アート活動のきっかけになった菅創吉の作品《壷中》のポストカードと、ご自身のエッセイ集「世界一小さい美術館ものがたり」を手にする須藤一郎氏。

展  示:すどう美術館コレクション パート2
HP   http://www.sudoh-art.com/jp/exhibition.html
会  場: 箱根芸術空間 風伯
会  期:2016年10月7日(金)~12月26日(月)
時  間:10:00~17:00 火曜定休

 

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 須藤さんが美術館開設に踏み切ったのは、池田二十世紀美術館の企画展「菅創吉の世界展」がきっかけだったそうですね。

須藤

 私はもともと、絵の世界には縁がありませんでした。ただ、家内の実家が共同印刷の下請けをやっていて、複製絵画をつくっていた時期があり、私の家でも世界の名画の複製がかかっている時もありました。それからだんだん複製ではなくて本物の絵が見たいと思うようになり、風景や花の絵を少しずつ買うようになったんです。
 そんな時、池田二十世紀美術館で菅創吉の展覧会を見たのですが、今までに目にした絵と全く異質だったんです。暗くて、形があるようなないような感じで、最初は、「これが絵なのか」という印象を持ちました。それから時間が経ってから改めて見ると、印象がだんだん変わってきたんですよ。渋くて暗いというだけではなく、ユーモアやメルヘンを感じさせますし、それに何より、その画家の生き方や、美術に対する姿勢みたいなものが伝わってくる気がしました。そうなってくると、どうしても絵が一点欲しくなったんですが、館長さんにお話ししたところ、「どうぞお持ちください」ということになって、家内と私が好きになった『壷中』という作品を買い上げました。家内と私は、絵を買う時だけ意見が一致するんです(笑)。
 こうして菅創吉がきっかけで絵を集めることになっていったんですが、次第に絵を自分達だけで見ていいのかなと思い始めて、人に伝えなければならないと思うようになったんです。そのため、自宅を開放して美術館にしました。次第に菅創吉という画家をもっと知ってほしいと思い、家内と一緒にNHKの番組「日曜美術館」のエグゼクティブディレクターにお願いに行き、番組の頭の方で40分放送されることになりました。すると全国からお客さんがたくさんいらっしゃいましたね。

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古民家を改造した「箱根芸術空間 風伯」での「すどう美術館コレクション パート2」の展示風景。すどう美術館が所蔵する、菅創吉以外の作家の作品が鑑賞できる。

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 一時期は、会社員と美術館の館長の二足のわらじを履いていたことになりますね。それらは全く別の二つの顔のようですが、お話を伺うと、人との関わり方や、目的のために売り込む行動力など、サラリーマンとしての力が館長としての活動に活かされているように感じます。

須藤

 私がいた会社は第一生命(現 第一生命保険株式会社)でした。町田にあったすどう美術館は、62歳で会社が終わった後に銀座に拠点を移したんですが、移転時には大学の友人や会社の仲間が、「一緒に夢を見たい」と言って出資してくれたんですね。お金は出せないからということでボランティアをやってくれた人もいました。今までやってこられたのは人に支えられてきたからだと思います。
 会社員時代は長く人事部にいたんですが、組合対策や採用面接、人事異動作業、昇給・昇格査定など、本当にいろんなことをやっていまして、会社に勤めたのは結果としては良かったと思います。一方で、会社は縦の社会で、上から下まで決まっていますよね。アートの場合、絵を描く人や観る人が横につながっていて、それが面白いと思います。
 美術館の中で展示しているだけだと、愛好家が増えていかないので、館内で落語、コンサート、演劇なども行ないましので、落語家や演奏家、演劇人など、いろいろな人と関わりましたね。業界によって人と人との繋がり方が違っていて、例えば落語の人だと上下関係がしっかりしていて、よく働くし礼儀正しかったですね。オーケストラの人は、演奏中の結束が固いけれど、終わるとすぐに帰るんですよ。画家は個人の作業だから、また雰囲気が違いましたね。
 私は日本の国内だけではなくて、世界に視点を置きたいと思っていますので、国内外のアーティストを招待しての、アーティスト・イン・レジデンスもやりました。資金は、私が勤めていた第一生命でもたくさん出してくれましたが、担当の広報部の課長さんが、いいプロジェクトをやってくれたということでお礼の言葉をくれました。他にも鈴廣やアサヒビールやホルべインなど、多数の企業や多くの個人の皆さんが、いろいろな形で協力してくれました。
 アーティスト・イン・レジデンスは三回実施しているのですが、この試みは、芸術の振興やアーティストの育成という要素の他、市民の交流という面も重要ですので、企画書をつくって神奈川県や小田原市に提出し、小田原市の職員さんも評価してくれるようになりました。私は、自分のためだと人にお願いするのははばかられるんですけれど、アートのためだと思うとできるんですね。

 

「箱根芸術空間 風伯」の入口付近には、猪熊弦一郎の作品や、2017年に国立新美術館で企画展が行われる草間彌生の作品が。著名な作家の名品がゆっくりと鑑賞できる。

Art inn

 須藤さんは、美術館の館長を務められていたわけですが、その他、アートにまつわる活動を広く活発になさっていますね。

須藤

 それはひとえに、アートのすばらしさを知ってもらいたいという気持ちがあるからだと思います。ラジオ番組の「ラジオ深夜便」に、絵を語るという趣旨で菅創吉の話をしたり、テレビ東京や新聞や雑誌などでも取材いただきました。また、私は慎重派なんですが、家内は積極的に出てやってくれたということも大きいですね。
 また、「出前美術館」として、いろいろな場所で絵を見てもらうという活動は継続してやっていますね。「出前美術館」では小学生の子供たちに授業をしたこともあります。各学年、四十五分ずつの授業だったんですが、まず、ごはんの話をしました。体にはごはんが必要ですが、目には見えない心にもごはんが必要で、そのごはんが絵なのだと伝えるのです。そして展示した絵を子供たちに見せて、好きな絵のところに行くように伝えます。すると散っていくんですが、彼らは抽象・具象の区別なく選択できるんですね。しばらくうろうろしている子もいるんですが、そういう子は「好きな絵がありすぎて選べない」と言ってました。最後に感想を言ってもらうんですが、高学年はその感想をリコーダーやタンバリンなど、楽器で演奏したり、ダンスしてくれたり、いろいろなやり方で表現してくれました。
 学校関連では、取り壊す予定の木造の幼稚園にアーティストたちをお連れし、ペイントするということもやりました。トイレや壁を含め園舎全体に子供たちと一緒に絵を描くんですが、最初は小さい絵を描いていた子供も、だんだん大胆になっていくんです。その後、その建物はなくなりましたが、絵の描かれた壁や床の一部は、新しい建物の中に活かされているそうですね。
 今は「箱根芸術空間 風伯」で「すどう美術館コレクション パート2」を開催していますが、この建物は、運営者兼デザイナーである信濃光則さんのおじいさん・おばあさんが住んでいた築90年の古民家をほとんどそのまま使っています。信濃さんと私は、アーティスト・イン・レジデンスの企画ポスターをデザインしていただいたのが縁になったんですよ。

「箱根芸術空間 風伯」二階の展示風景。もともと人が住んでいた場所だけあり、日常生活に馴染む形で作品が息づいている。風情溢れる空間づくりは、自宅に絵やオブジェを飾る際の参考になる。

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 今後の展開を教えていただけますか。

須藤

 今までもそうだったのですが、これからも人間の精神的な部分を支えるものを人に伝えていきたいと思っています。ですので、コレクションを中心とした企画と、若い作家を支援するような企画の展覧会活動は継続していきます。近い日程では、多摩美術大学の美術館でコレクション展をやっていただく予定なんですが、コレクションだけではなく、すどう美術館の履歴がわかるような展示になるでしょう。その他、アーティスト・イン・レジデンスや、東日本大震災の被災地を支援する「東日本元気アートプロジェクト」などは継続していきます。
 大きく括りますと、人はどれだけ社会のためにつくせるか、ということが重要だと考えているんですね。だから私は、体が動く限りアートを支える活動を続けたいと思っています。

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