原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」

[ text and photo by 中野昭子] 2014/01/14 UP

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」

ミヒャエル ボレマンスー私がこのアーティストの作品に出会ったのは、前回(2011年)の横浜トリエンナーレの会場だった。見た目が強烈で表現方法もさまざまな現代アートの中で、ボレマンスの絵画は、具象油絵という慎ましいかたちをとりながら、抑えられた色調で、ひときわ静かに佇んでいた。
 ボレマンスの絵画に登場する人物たちは、輪郭がはっきりせず、表情も見えない。それにもかかわらず私は、絵の中の人々を知っているような気がした。そして画布の中の彼らは、忘れられないイメージとして、私の記憶の中へ深く刻みこまれたのである。

←アーティストのミヒャエル ボレマンス氏

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」 ボレマンスはベルギー出身で、現在はゲントに在住し、経歴としては、1990年代の半ばに写真から絵画に転向し、2005年にベルリンビエンナーレに出品、2010年にベルギー王妃の依頼により王室に飾る作品を手がけ、一般公開された。作風はべラスケスやマネなどの近世以降の絵画や、シュルレアリスムなどの影響を伺わせながら、独自の静謐な世界を展開している。

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」 展示会場となる原美術館は、前からボレマンスの個展を開催したいと思っていたそうだ。そして作家本人は、5年前に来日した際、当美術館に魅了された。原美術館はもともと個人邸宅であり、戦争を経て美術館となった経緯を持つ。ボレマンス氏は、純粋に作品を見せるための空間ではない場所での展示に興味があったという。鑑賞とは異なる用途の場所であれば、作品はいったん美術品としての単純化を免れ、観客との深い対話が可能になるからであろう。

 今回の展示は、主催側とアーティスト側の相思相愛で成り立っているわけだが、ボレマンス氏は、全部で38点の作品を選択し、飾る位置を考えることが全く苦にならなかったそうだ。それはボレマンスの作品が息づく場所として、原美術館がふさわしいということなのだろう。

 

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」

  ボレマンスのモチーフの大半は人物だが、植物やコルクの栓なども対象になりうる。植物やコルクの影は主体のメランコリーを投影しているようだし、人物に動的な生命力は感じられない。人物とそれ以外のモチーフは、一律に独自の時空に留めおかれているように見える。おそらく人や静物は質的に等価値で、何かしらの違いがあるにせよ、それは絵の中で問題にならないのだろう。

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」 下半身のない姿や長く編まれた髪、顔の見えない背中などは、繰り返し登場するモチーフである。足のない状態は実在性を喪失させるし、長く編まれた髪は累積された時間を、顔のなさは無名称・没個性を想起させる。しかし多分、こうした類推は誰しも思い浮かべるもので、ことさらに言語化する必要もないのだろう。

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」 すべてのイメージは少し光沢のある被膜に覆われている。この膜は、画布の上のイメージと、リアルな対象との結びつきを困難にするフィルターになっており、同時に絵のモチーフを保護している。

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」 ボレマンスの絵は陰鬱で寂しい。しかし私は、不思議と恐いという印象は持たなかった。それは絵の中のイメージがすべて、私の記憶の中に存在する要素を持っているからだと思う。人はわからないものが怖い。予想のつかないものに対して恐怖を感じる。しかし絵の中で描かれている暗闇や謎は、あらゆる人生の中で、継続して示されているものだ。

 作品『The Beggar』の中で、顔のない物乞いが乞うているものは何だろう。物乞いは、何かを欲しているようにも、何かに導こうとしているようにも見える。顔のない彼ないし彼女は、我々から過去という時間を求めているのかもしれないし、我々を未来という未知の闇へと誘っているのかもしれない。

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」 人物の寡黙さは映像にも継承される。絵画的なポージングの人物は同じ動作を延々とくり返し、見るものの時間感覚を混乱させていく。作品の中で、起点と終点は完全に失われ、過去と未来が円環的に繋がっている。

原美術館 「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」 ボレマンスの絵の中で、人物や静物が身をおいているのは、無時間的な時間であり、現実にはない場所である。彼らはある瞬間に立ち現れる幽霊のような存在であり、人々の意識の中にしか居場所はない。しかしそのため、モチーフとなった人物は、決して誰かに所有されたり、支配されたりすることはない。彼らがいるのは、生身の人間には不可侵の領域であり、それゆえに、意味や解釈は明言されていないながら、国境もさまざまな人々に広く共有されうるのだろう。

 私たちは、ボレマンスのイメージの力を通して、影のひとびとや、隠されたものたちと接触する。それは経験的現実性や、単純化された事実を疑う理性を獲得することであり、謎のまま留めおかれたものや、一つの事象が持つ無数の背景の豊かさに触れることである。

※無断転用は固くお断りします。

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