東京都写真美術館「フィオナ・タン まなざしの詩学」展

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[text and photo by 中野昭子] 2014/7/22 UP

←左から東京都写真美術館担当学芸員の岡村恵子氏、アーティストのフィオナ・タン氏

 私が東京都写真美術館で最初にフィオナ・タンの作品を見たのは、2010年の「第2回恵比寿映像祭 歌をさがして」の会場だった。

 画面を横切る人々と、彼らの生み出す影。人がいつしか影に反転していく光景は、主体と客体、撮影者と撮影される人、そして見る者と見られる者といった無数の可逆性を想起させる。その《ダウンサイド・アップ》という作品の円環的なイメージは、忘れがたい記憶として私の中に浸透した。

公式HP: http://www.syabi.com/contents/exhibition/topic-2248.html
会 場東京都写真美術館
会  期: 2014年7月19日 ( 土 ) ~ 9月23日 ( 火・祝 )

 

 ヴェネチア・ビエンナーレやドクメンタなど、世界の主たる芸術祭に度々出展し、既にキャリアが確立されているフィオナ・タンだが、今回同美術館で開催される「フィオナ・タン まなざしの詩学」は、タンの東京で初めてのミッドキャリア展となる。

 企画展としてのタイトルは「まなざしの詩学」だが、英語の表記は「Terminology」であり、この英語の言葉が採用されることが先に決まっていたという。「Terminology」=用語集というタームは恐らく、以下で紹介するこの展示の、ひいてはフィオナ・タンの作品全体を解読するグランド・テーマとしてふさわしいと言える。

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1.《リフト》2000年 フィルム&ヴィデオ・インスタレーション

 2000年という新時代の幕開け、フィオナ・タンは映画が製作されて100年余りであることと、また人間が空を希求することに興味を持っていたという。そして飛翔について考えるうちに、タン自身が空を飛びたいという願望を持つに至った。

 たくさんの風船の力でタンが空を飛んでいくこの作品は、映像作品はモノクロなので、実は風船の色が水色の空に映える鮮やかな赤であることは、シルクスクリーンを見て初めて判明することになる。

 

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2.《リフト》2000年 シルクスクリーン

 この風船の色は、作者が幼少時に見た映画(A・ラモリス監督『赤い風船』)の記憶が下敷きにあるという。そしてプロジェクトの後、風船は周囲の人々や子供たちに分け与えられたので、風船の主たちはそれぞれの『赤い風船』の物語を生みだしたはずである。

 

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《ディスオリエント》2009年

ヴェネチア・ビエンナーレのオランダ館での展示のために創案されたこの作品は、ヴェネチアの商人であるマルコ・ポーロの『東方見聞録』がイメージソースになっている。このインスタレーションを構成するのは、オランダ館内部の映像と、『東方見聞録』からの引用からなるナレーションである。

 フィオナ・タンによれば、マルコ・ポーロは世界を、ショッピングできる場所として見ているという。マルコ・ポーロは軍人や政治家や神父ではなく、征服や布教を実施することもない。ただ旅することそれ自体を目的として行動するマルコ・ポーロは、旅人としては理想的な存在である。タンのつくりだすイメージは、マルコ・ポーロを通じて過去や未来や、固着されない場所を行き来する。

 

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《プロヴィナンス》2008年

 オランダの18世紀の肖像画にインスピレーションを受けて制作されたこのシリーズは、音をつけないモノクロの映像作品からなる。肖像画はそもそも身近な人をモデルとしていたため、ここでモチーフになっているのは姑や息子など、フィオナ・タンに近しい人々の私的な生活である。

 タンは<<プロヴィナンス>>の中で、絵画を見ることと映像を見ること、この二つの行為を近づけるのを一つの目的とした。それはタンが映像作品に、絵画の優れた性質である、時間を超越するという要素を付与したかったからだという。

 タンによれば、映像はパラドクスを孕んでいる。というのも映像の中では、動かすことと止めることを同時に行っているからだ。絵画であれば時を越えて掴みえるイメージは、映像としては目の前をすり抜けてしまい、とりとめがない存在になりがちである。

 いわゆるシネマに対する文献や資料は数多くあるが、動く映像を見るという体験に関する考察は十分ではない。それは映像を見る行為を言語化することの難しさを示している。

 しかしタンは、映像のイメージは次々に進むため言葉に縛られず、そこがメリットでもあると言う。安易な語りは単純化へとつながるが、そこから取りこぼされるものを見過ごすべきではないということだろう。

 

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《インヴェントリー》2012年

 映像のモチーフになっているのは、イギリスの建築家ジョン・ソーン卿が収集した骨董品の数々である。古代ギリシャ・ローマの彫像やレリーフが、ソーン卿のパーソナル・スペースである住居(現在は博物館として公開)がうみだす柔らかな光の中で佇んでいる。

 フィオナ・タンは、ミュージアムとは何か、という疑問を持っていたという。ミュージアムという施設は200年程度しか歴史を持たないが、中に持っているコレクションはより古いものである。彫刻はそもそもイメージを記録する媒体だったはずであり、またタンによれば、コレクションは生命を持たないものの集合体で、今回はコレクションの中でも特に古典に該当する彫刻を扱っている。

 この作品は6つの技術(35ミリフィルム、16ミリフィルム、スーパー8、8ミリフィルム、ディジタル・ヴィデオ、ヴィデオ8)が使われ、異なる画面として併置されている。鑑賞者は複数の視野で、過去のイメージを刻みこんだコレクションを、時代を越えて見ることになる。


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←左から東京都写真美術館担当学芸員の岡村恵子氏、アーティストのフィオナ・タン氏

 フィオナ・タンは自らを彫刻家になぞらえており、鑑賞者は作品にじっくりと向き合ってほしいと言う。確かにタンの作品は短時間で通り過ぎるものではなく、見る者のなかで熟成されていくものである。

 そして一連の作品は単独ではなく、初期の作品から今に至るまで相互に関わり合っており、通底する意味を持っている。今回の展示作品も全て、繊細でゆるやかな変容を孕みながらも、常に共有されるイメージを垣間見せていた。

 本展はアートに携わる人のみならず、映画や映像論を扱う人、哲学・思想に関わる人、美しいものが好きな人、そして単純化できない微細なものへ敬意を払う人すべてにとって、大きな実りのある内容であると思う。

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