東京都写真美術館「佐藤時啓 光―呼吸 そこにいる、そこにいない」

 

hikari_kokyuu_0[text and photo by 中野昭子] 2014/05/26 UP

左からアーティストの佐藤時啓氏、東京都写真美術館担当学芸員の鈴木佳子氏

 初夏は太陽の明るさを知る季節だ。春から夏へと切り替わる軽やかな時期は、四季の中で光の存在を実感する期間である。
 ところで写真は、明るさがないと成立しない技術だ。
「Photograph」の直訳は「光画」であるし、写真術の歩みは常に光と共にあると言えるだろう。
 今東京都写真美術館で開催されている『佐藤時啓 光―呼吸 そこにいる、そこにいない』では、光を現像のプロセスの中でのみ活かすのではなく、作品の根幹となるテーマとして据えおいている。

 

公式HPhttp://www.syabi.com/
会  場東京都写真美術館
会  期: 2014年5月13日 ( 火 ) ~ 7月13日 ( 日 )
時  間: 10:00-18:00(木・金は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで

 

光-呼吸

シリーズ <光-呼吸> より <> 1995年 東京都写真美術館蔵

『Light Panels』『City Scape』『From the Sea』『In the Snow』『Trees』と連なるモノクロのシリーズは、長時間露光で捉えた光が主題となっており、佐藤氏がペンライトや鏡を持って移動した光の軌跡が写り込んでいる。

 

左)シリーズ <光-呼吸> より <<#374 Sakatashibi2> > 1999年
右)シリーズ <光-呼吸> より <<#270 Minato-ku Daiva> > 1996年

『City Scape』で建物の隙間から立ち上る光は、街中のエアポケットのような隙間を埋め尽くしており、都会からあふれ出た磁場の力のようだ。

 

 

シリーズ <光-呼吸> より <<Shirakami #7>> 2008年

一方『From the Sea』『In the Snow』 『Trees』の光は、光は海や雪、木々を取り巻く小さな粒のように見える。コントロールできない自然の中で、時間をかけて撮影された写真は、人の手の届かない場所を流れる大きな時間のたゆたいを感じさせた。

 

 

 

 

 

Polaroid Works

左)シリーズ <Polaroid Works> より <<Monte Alban #1(Yucatan)>> 1995年
右)シリーズ <Polaroid Works> より <<Uxmal #1(Yucatan)>> 1995年

 ヨーロッパやラテンアメリカなど、世界を渡り歩いて撮られた作品で、ポラロイドが使われている。現像してすぐに見られるポラロイドは、場を共有している他者とイメージを共有することができ、また現地で展示を行うこともできたという。ここで作品が収められている木の枠は、佐藤氏の手によるものである。

 

Gleaning Lights

シリーズ <Gleaning Lights> より <<The Site>> 2005年 東京都写真美術館蔵

 そもそも特定の部分にピントを合わせて写真を撮ることに疑問を持っていた佐藤氏が、ピンポールカメラで被写体の像を「集める」イメージで作成されている。そのためタイトルにも「収穫する」ことを意味する「Glean」が入っている。
 ピンホールカメラは、すべてにピントが合うという原理でつくられているという。ピントを合わせる箇所を選別できなければ、撮影者に許されるのは、写り込む場所を指定することだけだ。そうして集められた風景は、新鮮でユニークな視界を示す。

 

Wandering Camera

左)シリーズ <Wandering Cameras> より Kashiwazaki,2002.9.20.16:10-,28sec.,Clear
右)シリーズ <Wandering Cameras> より Kashiwazaki 被写体側からWandering Cameraを撮影するKashiwazaki:Subject Side Taken Wandering Camera 

 主に組み立て式のテントカメラで移動しながら撮影されたこのシリーズは、道行く一般の人や、普段アートとは関わりの無い人に参入してもらい、未知の他者とイメージを共有することを一つの狙いとしている。
 ここではカメラ・オブスクラによって地面に映しだされたイメージを、更に別のカメラで撮影するという手法が採られている。そもそもカメラのファインダーには何も見えないとのことで、一見不自由きわまりないやり方にしか思えない。しかし人の眼ではなく、カメラのレンズに映った像を、違うカメラのレンズで撮ることで、撮影者の先入観に支配されない像が得られるのである。


 佐藤氏はもともと彫刻を専攻しており、光を彫刻で表現しようとする過程で、写真に出会ったという。実体としてつかみづらい光を捉えようとして、写真という表現に行きついたというのは、とても納得のいく流れである。
 写真は瞬間をとらえる瞬発力と、じっくりと時間をかけて対象を構成していく持久力があるが、今回見た写真は全て、時間の累積を活かしたものだ。佐藤氏の写真では、目で見ただけではつかみづらいもの、例えば形として残らない光やどこまでも広がりを持つ空間などが、丁寧に削りだされていた。
 佐藤氏の作品は、全般的に、太陽のつくりだした光の反射や輝きの軌跡など、偶然写ってしまったものを捉えた喜びや好奇心を感じさせた。思うに写真は、被写体を掌握し征服する場合と、操作しきれない要素を残しながら姿を捉えようとする場合がある。それは撮る側の意図や、対象の性質によるが、今回の写真は明らかに後者である。会場の全体に流れるほのかな温かみは、自然への畏敬の念であり、佐藤氏が写真を始めた時から失われることのない、写真と写真の捉える世界に対する、静かな驚きと喜びなのだろう。

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