原美術館 「ニコラ ビュフ:ポリフィーロの夢」

[text and photo by 中野昭子] 2014/04/28 UP

アーティストのニコラ ビュフ氏

 品川駅の喧騒を離れ、静かな道を歩いていると、いきなり巨大な顔が現れる。これは今、品川の閑静な住宅街にある原美術館が「ニコラ ビュフ:ポリフィーロの夢」を開催しており、建物の入り口が狼の頭部になりかわっているためだ。
 「ニコラ ビュフ:ポリフィーロの夢」はヨーロッパの古典文学をベースとした物語の形式をとった展示である。話の内容としては、ポーリアという少女に想いを寄せる少年ポリフィーロが、相手に振り向いてもらえない悲しみの中で森を彷徨い眠り込んだ際に、怪物にさらわれたポーリアを救い出す夢を見る、というものである。
 ポリフィーロの物語を見るために、人々が次々に狼へ呑み込まれている様は、まるで遊園地のアトラクションのようだ。普段は洗練された佇まいを見せる原美術館が、ポップで賑やかな真逆のメタモルフォーズを遂げているのは、意外性があって面白い光景である。
 では、建物の中はどうなっているのだろう。実は狼の腹の中は、古さと新しさが混在した、複雑で知的なワンダーランドだった。以下、今回の展示の内容を紹介する。

公式HP: http://www.haramuseum.or.jp
会  場: 原美術館
会  期: 2014年4月19日(土)-6月29日(日)
時  間:11:00 am-5:00 pm 
※水曜は8:00 pmまで/入館は閉館時刻の30分前まで

 

エントランス

入り口の狼の口を通ると真っ赤な部屋と鏡の扉がある。アメリカのカートゥーンアニメを彷彿とさせる狼はヨーロッパのさまざまな古典文学に登場し、観客は鏡の国のアリスのように別世界への扉を開くのである。また大きく開かれた口は、イタリアのボマルツォの公園にある、地獄の門と呼ばれる口や、ローマのパラッツォ ツッカリが参照されているという。

 

ギャラリーⅠ

 ユニコーンの毛皮が空間を占めている。この聖獣は毛皮がオービュッソンの織物、頭がリモージュの陶器でできている。ニコラ氏はオービュッソン国際タペストリー研究所に地域復興の一巻としてこの作品を提案したとのことで、ユニコーンは二つの有名な連作のタペストリーである『貴婦人と一角獣』と『一角獣狩り』からイメージを得たものである。ニコラ氏はユニコーンの旧来の印象を捨て去り、新しい作品としてよみがえらせることで、生と死の象徴としてのイメージを与えた。

 

階段

 窓のステンドグラスには、ポーリアを巡るポリフィーロの冒険が描かれている。上昇してゴールに近づくという構造は、90年代の古典的なテレビゲームを思わせるが、絵柄や構造はグロテスク装飾の要素を持っている。

 

 

 

 

 

ギャラリーⅢ・ギャラリーⅣ

 話の上でポリフィーロは、コンバットスーツをつけて変身すると能力が高まるという設定になっている。ギャラリーⅢで展示されるコンバットスーツは、ヘンリー二世の装飾の多い鎧と、ニコラ氏が幼少時代に好きだった東映特撮シリーズの『宇宙刑事ギャバン』が源になっており、甲冑の制作は実際に『宇宙刑事ギャバン』の甲冑を制作したレインボー造形企画が担当しているという。

 

 

 

 そしてメデューサの顔が描かれた扉を開いてギャラリーⅣに進むと、鑑賞者はAR(Augmented Reality,拡張現実)の技術により、映像の中で、ギャラリーⅢにあった甲冑を身にまとい、敵と戦うことになる。

 

 

 

ギャラリーⅤ

 茶室のデザインを元にした構造物をつくるプロジェクトの一環だったというこの作品は、内部の金色の壁が上部の光を反射しており、中に入るとまるで金糸の繭に潜り込んだかのような感覚に陥る。
 このカプセルは、ゲーム上に出てくるヒットポイント回復の場所であり、また自分に向き合って瞑想することができる場所だとのことである。

 

ギャラリーⅡ

 ここでは、ポリフィーロがポーリアを救い愛を得るという、ハッピーエンドの物語が結実している。回廊のような構造の展示空間で鑑賞者は、愛の勝利の凱旋に参入し、その成果を祝うのだが、部屋の両端にあるポリフィーロとポーリアのレリーフには、最新の3Dプリンターの技術が使われている。

 

 そして一通りのお祭り騒ぎを通過してサンルームに行きつくと、窓の外に眠り込んでいるポリフィーロの姿を発見することになる。ここで鑑賞者は、今まで見てきたものがポリフィーロの夢であり、また自分自身もポリフィーロの夢の一部であると自覚するのである。

 

 

 

ニコラ ビュフ氏。着用なさっているTシャツのデザインは『ゼルダの伝説』。

 今目にしていることがすべて夢である、と言われたらどうするか。
 そんなバカな、と一笑に付すのが一般的な反応だろう。しかしこの展示を見ていると、何が夢で何が現実かを区別するのは、大して重要ではないのだという気持ちになってくる。
 ニコラ氏は、むきだしの現実とは異なる位相のものごとを、「レイヤー」という言葉を使って表現していた。鑑賞者は入り口の鏡を通し、これから入る空間は異世界であることを実感する。またサンルームからポリフィーロを見て、私たちの体験している夢と、夢の主との間には、ガラスという透明な隔たりがあることを実感するのだ。作品中の映像やゲームは、ニコラ氏にとって、つくりごとの偽の世界や隔絶した別世界ではなく、レイヤー=現実世界と重なりあう層であることを示している。
 私たちは複数の物語の中で生きている。自分や家族の物語は言うまでもなく、神話などの物語や、また現代においては映画やゲームなども饒舌に語りかけてくる。ユニコーンが導く古典的な物語と、スーパーマリオやゼルダの伝説といったサブカルチャーの物語が混在するニコラ・ビュフの世界を見て、鑑賞者は、無数の物語を軽やかに楽しむのだ
 しかもそれは、「まじめに遊ぶ」というコンセプトがまさにふさわしい、スタイリッシュながら複雑で、生き生きとした好奇心を喚起する遊戯なのである。

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