東京都写真美術館「米田知子 暗なきところで逢えれば」

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[text and photo by 中野 昭子] 2013/8/6 UP

 米田知子は、現在ヘルシンキとロンドンを拠点として活躍しており、ヴェネチア・ビエンナーレでも出典している国際的な作家である。今回の東京都写真美術館での展示「米田知子 暗なきところで逢えれば」は、有名な昭和作家のめがねの作品を含む8シリーズのうち、2シリーズが初公開である。
 米田氏の作品に関しては、すぐにキャプションを参照することはせず、ワンアクション置いてから文字を見てほしいという。それは鑑賞する側が持つイメージを膨らませるためであり、写真と言葉の関係性を、安易に単純化することを防ぐためだろう。
 以下、時間の中で沈殿する風景が、正確に捉えられ焼き付けられた米田作品の世界を紹介する。

公式HPhttp://syabi.com/contents/exhibition/index-1864.html
会  場: 東京都写真美術館
会  期: 2015年2月7日(土)~5月24日(日)
時  間: 10:00~18:00(祝日・振替休日除く金曜のみ20:00まで)
    ※入館は閉館30分前まで

 

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 ←左から東京都写真美術館チーフキュレーターの笠原美智子、アーティストの米田知子氏

Scene

 「ウェディング―中国から北朝鮮を望む国境の川、丹東、2007」と題された写真では、国境の川で結婚パーティが行われている。分離の機能を果たす場所の中で、二つの家族の連帯が実施されるという奇妙なねじれの中、したたかな未来への希望が見える作品である。
 このコーナーにある、スケートリンクや野球場など、日常の中に溶け込みきっているように見える風景は、嘗て日本占領時代に炭坑の街であったり、特攻出撃の基地跡であったりする。鑑賞者はキャプションを見た時にその史実を突き付けられ、普段は表出されない陰りは、日当たりのよい正面から振り返った先の視線で見る影を思わせる。

 

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Japanese House

 台湾は日本統治の後に、蒋介石率いる国民党に支配された。この国の日本家屋は、ある時は支配者として、ある時は時流から遅れた者として、複雑に入れ替わる複数の支配の中、さまざまな顔をもって生き延びてきた。
 写真の中の家には今や誰も住んでおらず、人の気配はない。カーテンや壁紙、インテリアなどに、嘗ての住人が心を込めて生活を整えた痕跡は残されているものの、家の中には社会性が入り込んでおり、それが消えることはないのである。

 

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見えるものと見えないもののあいだ

 文豪の著作を作家の眼鏡越しに見るこのシリーズは、レンズというフィルターを通して原稿と眼鏡の所有者の思考を垣間見ることが意図されており、米田氏の代表作である。今回は坂口安吾と阿部公房の新作二点を含む、四点の出品となっている。
 被写体には国宝級のものが含まれる上、眼鏡のつるがかなり劣化しているものもあり、扱いには苦労をするとのことである。

 

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Kimusa

 タイトルの「Kimusa」とは、韓国国軍機務司令部の略称「機務司」のことである。ここでは思想犯や対北スパイの取り調べが行われたが、実際のところは罪をねつ造し、民間人を捕えていたという事実がある。
 この建物はもともと、日本統治時代に官立病院として建てられた。人々を癒し治す機能を期待されたものが、人々を抑圧し時には抹殺する機能を負ったことになる。建物の内部はかび臭く陰惨な感じだったそうだが、それはいつの時代から生じたものなのだろうか。

 

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パラレル・ライフ:ゾルゲを中心とする国際諜報団密会場所

 この作品は、国会図書館でスパイの活動に関して調べていた米田氏が、隠れて行動するはずの組織が、公の場で待ち合わせ等をしているという意外性に惹かれて制作したという。展示空間は、2つの電灯に照らされた小さなモノクロ写真から成る。電灯の数はスパイの二重生活を示し、写真は束の間の出会いのぼやけた感じを表現するために、コダックのブローニーのフィルムが用いられている。

 

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サハリン島

 帝政ロシア時代に囚人が流刑されたこの地は、アイヌたち複数の先住民たちの故郷でもあり、人種や国籍、歴史や記憶もさまざまな人々が通り過ぎて行った場所である。
 広大な海と地平線を遮る工場や軍艦は、写真の中でも歴史の中でも時間が停止しており、崩れてなくなる運命にある。しかし人々の労苦は澱のように沈殿しており、ふとした瞬間に立ち現れるのだろう。

 

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 暗なきところで逢えれば

 展示全体のタイトルにもなっているこの作品は、今回初公開となる三面マルチの映像で、ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの国境地帯で撮られている。夜間の定点撮影で捉えられた映像は、写真作品で見られる精緻な構図が活かされており、夜の暗闇の中でたちのぼる光や、照らし出される雪は、一見儚いようでいて、時の累積を明確に感じさせる。

 

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積雲

 2011年に起きた東日本大震災と、併発された福島第一原子力発電所の事故により、日本中が核の恐怖に震撼した。平穏な日常の中では個々に生活を営んでいるつもりでも、巨大な災害が起きた時、自分が隠された大きな力に支配されており、またその力に対して無力であることを、強烈に意識することになる。
 作品の中で出てくる人々の不安な表情は、震災後の日本を反映しており、菊の花も日本と葬儀のイメージの投影である。

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 氷晶

 こちらは初公開の新作で、接写レンズで捉えられた氷の結晶は、宇宙の中の星々のようにも見える。いかに末端の小さなものであっても、拡大すると巨大な全体の像が投影されていることを示しているようだ。しかし氷の結晶は、目を凝らせば肉眼でも形が分かるものであり、我々が全く知覚できないのではなく、写真という技術を通して長く姿を留められるようになったものである。

 


12←左からアーティストの米田知子氏、東京都写真美術館担当学芸員の藤村里美氏

 たとえば海外旅行で感覚がひときわ鋭敏になっている時に、訪問先に何となく緊張感を覚え、後でその建物なり場所が、歴史的な重い事実を負っていると聞いて戦慄することがある。米田知子はアーティストの鋭い知覚でそうした不穏な雰囲気を察知し、そして憑依にも似たその感覚を、確かな技術で作品に投影する。
 作品は単純化を寄せ付けないし、負うテーマは往々にして陰惨である。しかしその世界は、混沌をはらみつつ精緻で静謐である。水面が鏡のように整っている湖を思わせる米田知子の世界は、中には底知れぬ化け物がいて、しかもそのモンスターは、人間である我々が向き合わなければならないものである。この展示は、写真という二次元の平面の中には、重厚な時の経過が含まれることを実感させる。そしてまた米田知子の作品は、写真が記録であるという事実を、一挙に掘り下げる作用を持っているようだった。

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