損保ジャパン東郷青児美術館「<遊ぶ>シュルレアリスム ―不思議な出会いが人生を変える―」 展

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[text and photo by 中野昭子] 2013/7/19 UP

 ←シュルレアリスムの第一人者、巌谷國士氏。本展示の図録も監修なさっている

 電車で中吊り広告を見ていたら、知っているはずの文字が見知らぬ要素になり、意味が解体していく経験を味わった。期せずしてゲシュタルト崩壊に見舞われたわけだが、居心地の悪い思いをしつつ、見慣れた風景が急に新鮮に見えるような気がしたものだ。
 日常から逸脱して独自の時間や空間を味わうことは、子供時代の遊びを思い起こさせる。白いチョーク一本で、簡単に異世界へ出かけることができたあの頃の感覚は、まだ自分のどこかに残っているのだろうか。

 そんなことを考えていたら、この夏、損保ジャパン東郷青児美術館で行われる企画は「<遊ぶ>シュルレアリスム―不思議な出会いが人生を変える―」であると聞き、早速足を運んでみた。以下、展示の中で印象に残ったものをご紹介する。

公式HPhttp://www.sjnk-museum.org/program/past/363.html
会  場損保ジャパン東郷青児美術館
会  期: 2013年7月9日(火)~8月25日(日)
時  間: 10:00~18:00
※入館は閉館30分前まで

 

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第1室 友人たちの集い

 シュルレアリストたちは第二次大戦時、パリからマルセイユに逃れ、アメリカの知識人擁護委員会の所有する邸館に滞在した。彼らはその時トランプをつくり、クラブ・ダイヤ・ハード・スペードの代わりに、炎(愛)・車輪(革命)・星(夢)・鍵穴(認識)を使用し、ジョーカーには当時人気をさらった戯曲《ユビュ王》の猥雑な主役、ユビュを採用している。
 マックス・エルンストの絵《友人たちの集うところ》には、主要なシュルレアリストたちが集結しているが、この絵を見ていると、彼らがトランプに興じているところが想像できて面白い。一方で、戦時下の不安な空気の中、シュルレアリストたちは、トランプで自分たちの未来を予想しようとした可能性もあるように思う。

 

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第2室 オブジェと言葉の遊び

 この空間は、デュシャンの《L.H.O.O.Q.》や《なりたての未亡人》、マン・レイの《破壊するべきオブジェ/破壊できないオブジェ》や《贈り物》などがオールスター勢揃いで一堂に会している。作品をひとわたり見渡すと、どれも遊び心なしには成り立たないように思える。 もとの用途を抜き取られつつ、形象や題名の端々にどこか意味を残されているオブジェたちは、一見人生に知らんぷりを決め込んでいるが、生涯をかけて真摯に遊んでいる作家たちの生きざまを反映しているようだ。

 

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第3室 コラージュと偶然の出会い

 長きにわたるシュルレアリスムの中で、比較的遅めに登場したチェコのシュルレアリスト、ヤン・シュワンクマイエルは、日本では人形アニメーションなどで知られているが、キャリアとしては映画監督ではなく美術活動の方が早い。一見秩序立った風景の中、突如化け物がいりまじるのは、この作家の作品全体に共通する、攻撃性と破壊性を象徴している。

 

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第4室 写真の超現実

 シュルレアリストの洗練された容貌と作風が広く伝播したのは、ブルトンによる言葉の魔術や、デュシャンやダリのスキャンダラスな作品も一役買っているだろうが、写真撮影に長けたマン・レイが大きく貢献していることは間違いない。
 特にここで惹きつけられるのは、マン・レイの写真《エロティックにヴェールをまとうーメレット・オッペンハイム》である。版画のプレス機がこんなに艶めかしく見えることは嘗てなかっただろうし、シュルレアリストでありモデルであるメレット・オッペンハイムは、まるで古き機械美の妖精といった風情で、異様に魅力的である。

 

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第5室 人体とメタモルフォーズ

 東京近郊のある都市は、まるでキリコの絵のようだと言った友人がいる。たくさんの人の往来を想定した人工的な建物に、人影が見当たらないという状態が、キリコの世界を思わせるのだろう。ここではキリコの絵《広場での二人の哲学者の遭遇》と、ブロンズ《孤独な詩人》を並べて見ることができる。
 絵を描くにあたっては、まず最初に物体の配置に驚かされた時しか描けないと言ったキリコだが、イタリアから遥か遠い日本で、自分の作品が隣り合わせで配置されているのを見たら、どんな感想を持つのだろうか。

 

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第6室 不思議な風景

 ここで見られるイブ・タンギーの三つの作品《失われた鏡》《火・色彩》《コンポジション(圧縮された風景)》は制作時期も離れており、彼の世界の変遷を見ることができる。絵の中では、地球外の惑星で不思議な生物が栄える過程を見るようでもあるし、誰かの心象風景の変化を形にしたもののようでもある。
 いわゆる美術の教育とは無縁に育ったタンギーの世界は、有機的とも無機的とも、明るいとも暗いとも言えない。描かれたものたちは重力に縛られず、どこへでも浮遊していくのだろう。

 

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第7室 脅威・自然・コレクション

 美術の教科書の中であれ街中のポスターであれ、一度見たら忘れられない印象を残すマグリットの作品は、ここでも人を食ったような印象を放っている。連作《魅せられた領域》はもともと壁画として描かれたものであり、最後まで見ると最初の絵の風景に戻るしくみになっている。
 昼と夜の混在やすげ替えられた顔、椅子の上の椅子など、一体これは何なんだというモチーフが溢れかえっているが、全体を見ると妙にあっけらかんとしている。マグリットは並み居るシュルレアリストの中でも、もっとも冷静でもっともおかしな人物ではないかと思う。


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←「あなたもオブジェ作家」のコーナー

 シュルレアリストたちが試みた自動記述などは、魂を理性の縛りから解き放つ手段だった。囚われのない無意識が向かうのは、奔放で自由な創作環境だっただろう。誰かに価値を認められることや、生活の糧にすることを当て込まれていない作品たちは、何の責任も負うこともない、いわば魂の遊戯の結晶である。
 この「<遊ぶ>シュルレアリスム―不思議な出会いが人生を変える―」の作品たちは、震災などの障害を乗り越えて、偶然にこの場に集まったものであり、当展示はそうした偶然を大切にしたと伺った。ミシンと雨傘の例を引くまでもないが、展示方法自体が偶発的な出会いであるこの企画は、シュルレアリストの精神性を継承するものだろう。
 しかしなんだかんだ言って、肩肘張らずに単純に楽しめるというのが、この展示の最大の魅力ではないかと思う。会場には「あなたもオブジェ作家」と題されたコーナーがあり、腕時計や携帯電話などの見慣れたものでも、自分の身の回りの意味から引き離すことで、作品になりうるという貴重な経験を提供している。暑い東京の夏、常識に冷や水を浴びせられるのも、貴重な体験として記憶に残ること間違いない。

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