東京ステーションギャラリー「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。」展

東京ステーションギャラリー エントランス

[text and photo by 中野 昭子] 2016/1/26 UP

 東京ステーションギャラリーでは、「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。」展が開催されている。パリの由緒正しきリトグラフ工房「Idem Paris」(以下、idem)の作品を紹介する当展は、idemを舞台とする原田マハの小説『ロマンシエ』と連動した内容である。そもそもこの企画は、原田マハが東京ステーションギャラリーに提案したものだ。それを受けた美術館が作品を選び、開催に至った。当展の長いタイトルは、『ロマンシエ』に出てくる一節である。

 美術館の展示と小説の出版のタイミングを合わせて実現したこの企画は、小説とアートという異質なジャンルが手を組んだ結果であり、また虚構だったものが現実化した感動的な例でもある。以下、20作家による107点(組ものをばらすと約130点)にものぼる作品から、特に印象深かったものを紹介する。

●HP:    http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201512_idem.html
●会場:   東京ステーションギャラリー
●会期:     2015年12月5日(土)~2016年2月7日(日)
●時間:     10:00 - 18:00 ※金曜日は20:00まで開館 ※入館は閉館30分前まで

 

岡部昌生《スタジオの壁、モンパルナス》2007, Courtesy Item éditions, Paris

 展示室に入ってすぐに目に入るのは岡部昌生の作品である。対象の上に紙をのせ、鉛筆などで擦って転写する「フロッタージュ」の手法を用いる岡部は、idemの床や壁を転写の対象にした。紙に映し出されているのは職人やアーティストたちのつけたインクの染みや落書きで、この工房が蓄積する時間と、作品づくりに関わった人々の痕跡が、履歴のように示されている。

 

プリュンヌ・ヌーリー《テラコッタの娘たち》2013 © Prune Nourry

  始皇帝の兵馬俑は死後の帝国を守る軍勢だが、プリュンヌ・ヌーリーがテラコッタでつくったのは少女たちだった。モデルとなったのは西安の八人の孤児たちで、当展の作品は、テラコッタの像の写真をさらにリトグラフで制作したものである。
 少女の像は108体作成され、世界各地を巡回した後、2015年に中国へ埋められ、15年後の2030年に掘り出される予定だという。一人っ子政策などで冷遇されたであろう少女の像の瞳に映る未来の中国は、果たして明るいのだろうか。

 

辰野登恵子(左から)《AIWIP-8》2011,《AIWIP-3》2011,《AIWIP-22》2012

 辰野登恵子は抽象絵画の作家という印象だが、版画の出発点はシルクスクリーンだったという。金属板でのリトグラフは過去に経験済みだったものの、石板でのリトグラフはidemで初めて手掛けたという辰野は、2011年と2012年の二回に渡ってidemで制作を行った。辰野のリトグラフは、プレス機で擦られたものでありながら、石板に作家が直接絵を描いているためか、どこか体温を感じさせる肌合いと、繊細な質感を備えている。

 

キャロル・ベンザケン《カンディード》(部分)2004, Courtesy Item éditions, Paris

 映画のワンシーンなどの映像をつなぎ合わせ、フィルムロールのような形態にした《カンディード》シリーズや、陳腐な広告写真を退色させたような《太陽の国》などの作者であるキャロル・ベンザケンは、多種多様なマスメディアのイメージを駆使する作家である。

 

キャロル・ベンザケン《マグノリア》2015, Courtesy Item éditions, Paris

 ベンザケンの作品の背景にはいずれも膨大な知識や情報が横溢しているが、作家はそれらをとりわけ洗練された形で表出する。土佐手漉き和紙を三層重ねた《マグノリア(木蓮)》は、植物のフォルムが曖昧な形で示されているが、そのイメージや色彩は鮮烈ながらも繊細で、観るものを魅了する。

 

ジャン=ミシェル・アルベロラ (左から)《加速図》1954,《足場Ⅲ》2010,《無の王様の唯一の装飾品は帽子である》2010,《出口は内側にある》2014, Courtesy Item éditions, Paris

 原田お気に入り作家の一人であるジャン=ミシェル・アルベロラは、言葉を組み入れた作品で知られる。今回展示されているのは2003年に第二回越後妻有アートトリエンナーレへ参加した際の壁画シリーズと、そのフランス語版のシリーズから選択されたものである。
 絵に登場する言葉は、風刺を含むものもあれば、気づきを促す内容もある。攻撃的な批判に傾かず、どこか明るくユーモラスな作風は、観客を取り巻く環境に変化をもたらし、閉塞的な日常でガス抜きの作用を果たすのだろう。

 

(左)JR×デヴィッド・リンチ《頭の修理Ⅱ》2014 © JR‐ART.NET
(右)デヴィッド・リンチ《頭の修理》2010, Courtesy of the artist / Courtesy Item éditions, Paris

 シュールでミステリアスな映画監督のデヴィッド・リンチと、弱者に寄り添い現実を確実に変えていく匿名グラフィック・アーティストのJRという、強烈な二つの才能がidemで出会った。ここに展示されている《頭の修理Ⅱ》のは、リンチ作のリトグラフをidemの工房の壁に貼り、リンチが人物を書き足しているところをJRが撮影し、その写真をさらにリトグラフにしたもの。
 リンチは2007年にカルティエ現代美術財団で個展を開催したが、その際にidemを知り、それ以来この工房は彼のお気に入りの場所となった。リンチは一日に何作品も手掛けるほど集中して制作し、同じ石板を繰り返し使うのだという。

 

やなぎみわ(左から)《鴉》2015,《無題Ⅰ》2015,《無題Ⅱ》2015 © Miwa Yanagi 2015 / Courtesy Item éditions, Paris

 ストーリー性のある写真シリーズと舞台演出を手掛けるやなぎみわは、2015年に一週間パリに滞在し、idemにてリトグラフ制作を行った。作品づくりを行っている間、やなぎはモンマルトル墓地やキャバレーに通い、創作のインスピレーションを得ていたという。作品に登場する女性たちは幽鬼や魔女のようだし、黒い鴉は禍々しく不吉である。一方で登場する者たちには生への執着が感じられる。罪深い生と避けようのない死という、生きとし生ける者の性(さが)が横溢する強烈な作品だ。

 

やなぎみわ《無題Ⅰ》で使用された石版

 また当展では、やなぎが使用した石版も展示されている。石版は何度も再利用されるため、用途を終えれば他の絵で上書きされるが、当展では特別にやなぎが印刷した時のままの状態で閲覧可能だ。石版は展示が終わればidemへ返却され、版の絵も消去される。

 

アンリ・マティス,版画集《ジャズ》,発行/アンテーゼ,制作/イデム・パリ,2014年刊

 リトグラフはかつて主要な印刷手段だった。idemではアート作品ばかりではなく、ワインのラベルやショップカードなど、さまざまな印刷物が制作されている。当展ではニーチェの詩に曲をつけたパスカル・デュサパンの楽譜など、idemが手掛けたさまざまな印刷物も紹介する。アンリ・マティスの《ジャズ》は、1947年に200部限定で出版された作品集だが、当展ではリトグラフで1500部が制作された復刻版の一つが展示されている。

 


 130年以上の歴史を持つムルロー工房を引き継いだidemは、建物や道具など、空間の至るところに歴史が染みついている。そのためか、当展の作品は特に、東京ステーションギャラリーの歴史ある建物に違和感なく馴染んでいるようだった。

 リトグラフの制作に携わるのはアーティストや職人などであり、完成に至るまでに何人もの人が関わっている。またidemの作品は、必ず一点はフランス国立図書館に収蔵され、後の時代の人でも目にすることが可能な形で保管される。思うにidemの工房は、たくさんの人を巻き込んで創造的な場をつくる作用があり、その力が今回の小説と展示の有機的なコラボレーションに結びついたのではないだろうか。

 当展はさまざまな人のアートへの情熱と創造性が結実した、非常に幸せな企画だ。無数のアーティストとアートを愛する人々の熱意を感じ取ることができる貴重な展示を、是非ご覧いただきたい。

 

 

関連記事

Art inn Premium [インプレ]

各美術館・展覧会の最新情報をはじめ、様々なアートに関する口コミ情報をお手軽にPC・携帯でチェックできます。
プレゼント応募もこちらから!
[インプレ] のご利用方法はこちら

Art innに関する問い合わせ先

株式会社IHIエスキューブ
Art inn編集部
e-mail:art-inn@iscube.ihi.co.jp
ページ上部へ戻る
error: Content is protected !!