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 バーナード・リーチって誰?

松下電工 汐留ミュージアムで2007年9月1日(土)から11月25日(日)まで開催される「バーナード・リーチ ―生活をつくる眼と手―」。
バーナード・リーチ(1887~1979)は、20世紀のイギリスを代表する陶芸家。しかも非常に日本と縁のある人。いったいなぜ?

左:バーナード・リーチ《筒描皿ペリカン》1913年 日本民藝館
右:バーナード・リーチ《鉄砂抜絵組合せ陶版「森の中の虎」》1946年 日本民藝館


バーナード・リーチ 写真提供:日本民藝館バーナード・リーチは1887年(明治20年)香港に生まれ。生後まもなく母を失い、日本在住の祖父に引きとられて京都や彦根で幼年時代を過ごした。
イギリスに帰国後は、スレード美術学校、ロンドン美術学校に学び、 留学中の高村光太郎と知り合う。 そして、1909年(明治42年)22才で来日。同人誌「白樺」の仲間にエッチングを教えた縁で柳宗悦と出会う。お茶の席で用いた楽焼に強く惹かれ、6代尾方乾山に入門して作陶を始めた。
白樺主催美術展覧会に出品したほか 1914年(大正3年)には最初の個展を東京で開催。後に、千葉県我孫子の柳宗悦邸内に窯を築いた。
1920年に、濱田庄司を伴って帰国し、イギリス南西部の港町セントアイブスに日本風の登窯を築く。
1922年(大正9年)には独立してリーチ・ポッタリーを創設。以後、たびたび来日し、河井寛次郎・濱田の窯を始めとした、各地の窯で制作する一方、イギリス在住中も柳らの世話によって日本で展覧会を開催。日本民藝館設立の協議を柳・河井・濱田らと共にしている。
1952年(昭和27年)には、Dartinton Hallで開催の 国際陶芸家会議を主宰し、柳、濱田を招いた。また、柳の著作を英訳するなど、海外における民藝理論の紹介に 大きな役割を果たした。
リーチは東洋陶器とスリップウエアなどイギリスの伝統的な陶芸を融合させた独自の作風を確立した。リーチの作品の特徴は躍動感のある自由な筆遣だ。

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