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 印象派画家たちの紅一点、ベルト・モリゾはとっても美人だった!?


損保ジャパン東郷青児美術館で「美しき女性印象派画家 ベルト・モリゾ展」が2007年9月15日(土)~11月25日(日)に開催される。
ベルト・モリゾは相当の美女だったのである。
←ベルト・モリゾ《モルクールのリラの木》1874年 個人蔵


ベルト・モリゾ
《夢見るジュリー》
1894年 個人蔵
モリゾが16歳の愛娘ジュリーを描いた作品。このときモリゾはすでに53歳。2年前には夫ウジェーヌ・マネを亡くしていた。
ちなみにモリゾがエドゥアール・マネと知り合ったのは、彼女が27歳のとき。マネは彼女をモデルに《バルコニー》という作品を描いている。
モリゾはこの絵を描いた翌年にジュリーからうつった風邪により死去。彼女の死後、マラルメ、ドガ、ルノワールが、16歳で孤児となったジュリーの後見人となった。
男ばかりの印象派画家たちの中で、唯一女性画家として活躍し続けたベルト・モリゾ。印象派の巨匠エドゥアール・マネは、彼女の夫の実兄にあたり、彼女をモデルにした名作も残している。
貧困にあえぐ青年たちだった若き印象派グループの中にあって、モリゾは裕福な家庭に育ったブルジョワのお嬢さんだった。
幼少から絵画に興味を持ち、14歳で画家に師事。23歳でサロンに入選し、33歳のときに第1回印象派展(1874年)に参加。
この年に、マネの弟ウジェーヌと結婚。当時としてはかなりの晩婚だ。それだけ絵に打ち込んでいたのだろう。
何しろ当時の社会で女性が絵を描くのは大変だった。ブルジョワの女性が一人で外出するのは禁止されていたし、知らない人に自分から声をかけてもいけなかったのだ。国立美学校は男子生徒のみ。女性は私立画塾に通うしかなく、しかも裸体モデルのデッサンが禁止だったので、牛をモデルにしていた。
そんな女性画家には圧倒的不利な世の中で、生涯に渡って絵を描き続けたベルト・モリゾ。
今回の展覧会は、彼女の初期から晩年までの作品約60点を紹介する、日本では初めての大規模な個展。
男の印象派画家にはない「特別な美」を、今回の展覧会でぜひとも堪能してみよう。
エドゥアール・マネ
《すみれのブーケをつけた
ベルト・モリゾ》1872年
(オルセー美術館展より)
マネの描いた《すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ》を見ると、モリゾは相当な美女。印象派画家たちが好んで描いた娼婦たちの裸婦像とは異なる、上品で知的な美しさと母性的な優しさをたたえている。
このときモリゾは31歳。マネは40歳になっていた。二人が印象派と呼ばれるのはこの2年後である。


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