
[ text and photo by Art inn編集部] 2010/3/1 UP
今回、埼玉県立近代美術館での西洋版画展と聞いて、2008年4~5月に同美術館で開催された「いとも美しき西洋版画の世界 -紙片の小宇宙を彷徨(さまよ)う」を思い出しました。この時は、デューラーからエッシャーまで、幅広い時代の版画の変遷を一人のコレクターの収集品から一堂に観ることができ、内容の濃さに満足したものです。
そんな前回から引き続きの期待感もあり、この日もいそいそと雨の埼玉県立近代美術館へと脚を運びました。
会 期
2010年2月20日(土)~3月28日(日)
19世紀後半~20世紀前半を中心に「印象派」として知られる、ルノワールやピサロ、マネらをはじめとする画家たちの制作した版画を集めた本展。もともと油絵を主に描いていた彼らは、エッチング(腐食銅版画技法のひとつ)やリトグラフ(平板による版画技法のひとつ)などの版画をいつしか制作の重要な表現手段として認識していきます。
時に1862年は、版画史にとって大変重要な年であったと言います。というのも、19世紀フランスにおいて、『腐食銅版画協会』が設立され、エッチングを普及しようとした動きがありました。
その立役者が協会の中心メンバーでもあったブラックモン(1833~1914年)であり、彼自身も若いころから卓越した版画家でしたが、マネやドガ、ピサロ、カサットら印象派の画家たちに版画の技法を教えたのだそう。
会場にはブラックモンの作品も展示されています。彼のお気に入りモチーフである鳥の羽毛のふわふわ感、木目や板の硬さなど、版画でここまで質感の描き分けができるのかという驚きが満載です。
また、本展は時代順に沿って構成されており、展示前半はエッチングが、後半にかけては作家の手の動きがそのまま生かされるリトグラフが多くなってきて、時代と共に主流が変化していくのが見て取れます。
その他、私が気になった作家を3人ほどご紹介します。
まずは、シャルル・メリヨン。以前、ブリヂストン美術館「都市の表象と心象 近代画家・版画家たちが描いたパリ」で観た衝撃再びです。
メリヨンは、華やかな街の発展の影に潜むパリの暗部を描き出します。一見忠実な写実風に見えながらも、絵の中では建物の高さや見える位置など多くを操作したといいます。美しくもどこか不気味な都市の風景には、彼の不安定な心模様が投影されているようで胸に刺さります。ちなみに作家のボードレールも彼の作品を絶賛していたそうです。
お次は、かのポール・ゴーギャン。昨年夏の、東京国立近代美術館「ゴーギャン展」 は記憶に新しいところですが、本展では、埼玉県立近代美術館所蔵のとっておきの木版画とあわせ10点ほど展示しています。
『ノア・ノア(かぐわしい)』をはじめ、彼の一連の版画を観るにつけ思うのは、版画とは闇の表現に秀でていること。
版木に手をつける前はただただ真っ暗闇で、作家が敢えて光となる部分を彫り出すことによって、像を浮かび上がらせるから。そもそも世界は闇から始まったのです。
ゴーギャンの木版画をこんなにまとめて観ることができるとは思ってもみなかったので、かなり満足できました。
なお、1Fショップでは、若い世代に人気のファッションブランドzuccaと埼玉県立近代美術館がコラボしたゴーギャンTシャツも販売中。なかなかシックなデザインで、今どきなロングTも揃い、おしゃれ女子にはもって来いな感じです!笑
最後に、アンリ・ファンタン=ラトゥール。ワーグナーの生涯と作品について書かれた本の挿絵として制作された一連の版画は、ひとことでいうと、神話に出てくる美しい夜の夢のような世界。闇の持つ危うさと、夜の湿度が画面全体に漂っています。
個人的に一番気になった点は、ラトゥールの描法。彼は普段、油絵を描いている画家とのことですが、版画において実に特徴的な表現をしているなと思いました。細い線の集積によって、あらゆるものを表現しようとしているのです。
風にたなびくスカートの襞、老人のひげ、大気の流れなど、物質的なものから、霊的とも思われるようなものまでを、糸束のような線で表現しています。それらの線は、各々の意志に基づいて流動しているかのようにも見えてきます。またその線の束の間には、何かを含んでいるようにも感じられました。
絵画に比べて、版画は一見地味な印象がありますが、よく眼を凝らしてじっと見つめていくと、隠されたメッセージや想像を絶するような卓越した表現にしばしば出くわすことがあります。そんな自分なりの楽しみ方を発見するたびに、見に来てよかったと思うのです。
この日もいくつもの発見をし美術館を出ると、いつしか雨は止んでいました。来た時よりも軽い気持ちになって、きらきら澄んだ雨上がりの北浦和公園を後にしました。
●Art inn最新展覧会情報:埼玉県立近代美術館「版画に見る印象派 陽のあたる午後、天使の指がそっと」展はコチラ

