
[ text and photo by 寅次郎] 2010/8/27 UP
会 期
2010年7月6日(火)~ 9月5日(日)
今夏の報道によると、2010年4-6月期の名目GDPで、中国が日本を抜き 世界第2位となり、7月に日本を訪れた中国人は 16万5100人で、月別で過去最高となったという。
東アジア経済圏として これから益々中国と日本の関わりは増えていくことだろうが、個人的には、韓国には愛着と親近感を覚えるのに、中国については、日本文化が中国の影響を受けているにもかかわらず、その国土の広さ、歴史の長さにおいて大きすぎて、とらえどころがなく、異文化の感が否めない。

こういうときは、ひとまずたくさんのものに接して、自分の興味のあるものから掘り下げていき、裾野を広げていくしかない。
今回の文明展は河南省(かなんしょう)から出土した文物の展示であるが、中国文明の発祥とされる「夏」(か)王朝が現在の河南省に位置したことから、『誕生! 中国文明』のタイトルになっている。
河南省は黄河(こうが)の南で長江(揚子江)の北に位置する肥沃な農耕地帯である。
(近年の経済発展は目覚ましく、「農耕地帯」などと書くと叱られそうである ^^;)
昨年末、三国志の武人「曹操」(そうそう)の墓が見つかったと報道された。
日本との関わりでは、「漢委奴国王」(かんのわのなのこくおう)金印(国宝)を日本の使者が後漢の皇帝から授かったのが 洛陽(らくよう)の都で 河南省に位置する。
また、三国志の時代の魏(ぎ)の皇帝が卑弥呼の使者に金印を授けたのも洛陽とのことである。
小野妹子が聖徳太子の国書を隋(ずい)の皇帝に渡したのも洛陽とされている。

展示は前2000年頃から1127年まで(夏時代から北宋時代まで)にわたっている。
驚きなのは、3500年前の青銅器が朽ちておらず、微細な紋様が精密で生き生きとしていることである。
国立博物館に常設の 日本の青銅器 の出土品と比べると、日本のものは錆びてぼろぼろの印象があったので、学芸員の方に「これは本物ですか?」と思わず聞いてしまった。
「中国側の鑑定士のお墨付き」とのことで 本物とのこと、数ある中の美品なのか、湿度の違いなのか、
いずれにしろ 中国恐るべしである ^^;
少し行くと、春秋時代(前6世紀)の「編鐘」(へんしょう)が展示してあった。
日本の「銅鐸」(どうたく)である。銅鐸は単体だが、編鐘は異なる大きさの鐘がセットになっており、はっきり楽器とわかる構成である。小から大へ調音のために削られた痕があるとのことである。
どんな音がするのだろうか? 許されるなら いつかその音色を聴いてみたいものである。


