■ 資生堂アートの世界に酔う-世田谷美術館「福原信三と美術と資生堂」展


資生堂ギャラリー 1928(昭和3)年 写真提供:資生堂企業資料館

<展示構成>
| 第1部 福原信三と美術 幼少より絵画を好み、長じて写真家として一家言を成した福原信三と美術のつながりを紹介する。 Ⅰ 写真家 福原信三写真集や編著などに掲載された福原信三の写真を展示し、写真家・福原信三の業績を紹介する。併せて『資生堂月報』そのほかの文献資料、信三が愛用した「トロピカル・ソホ レフレックス」(横浜美術館蔵)も展示。 ←福原信三《博労》1913年 資生堂企業資料館蔵 ![]() Ⅱ 資生堂ギャラリーの活動と交友関係 資生堂ギャラリーのオープニングを飾った川島理一郎を始めとして、富山憲吉や山本丘人らの作品を紹介する。また信三と関わりの深い作家の作品や写真パネルなどを展示し、当時の資生堂ギャラリーの活動の一端を紹介する。 山本丘人《はつなつ》1932年 個人蔵→
![]() ←川島理一郎《セーヌ河の景(ポンヌフ)》1926年 栃木県立美術館蔵 Ⅲ 資生堂意匠部と福原信三福原信三は1916年に、資生堂化粧品部を開店させ、商品や広報印刷物のデザインを手掛ける意匠部を設立した。この意匠部のデザイナーたちが手掛けた様々な広報用印刷物を紹介し、当時の資生堂スタイルを浮き彫りにする。 ↑ 資生堂練白粉 (小型ウィンドウバックポスター) デザイン:川島理一郎 1926年 資生堂企業資料館蔵 ![]() ![]() ←資生堂モダンカラー粉白粉 1932年 デザイナー:山名文夫 資生堂企業資料館蔵 資生堂オイデルミン→
1897年発売 資生堂企業資料館蔵 |
第2部 デザインと資生堂スタイル その後 戦争という、化粧品会社にとって困難な時代を潜り抜け、福原信三亡き後も継承されていく資生堂スタイルの一端を紹介する。 Ⅰ 広告・デザイン戦後の昭和史とともに人々の記憶に残る資生堂のポスターなどの広告デザインやプロダクト・デザインを展示する。 ![]() 資生堂ドルックス化粧品 デザイン:山名文夫 1951年 資生堂企業資料館蔵→
←山名文夫「資生堂香水」新聞広告 イラストレーション原画 1960年 資生堂企業資料館蔵Ⅱ 資生堂ギャラリーの活動 コレクションの形成 戦後、1947年5月、当時の画壇たちを代表する作家たちによる「第1回椿会展」(第一次椿会)によって再開した資生堂ギャラリー。その活動を、椿会の作家たちを中心に、資生堂アートハウスのコレクションにより紹介する。 このコレクションは、福原信三の企業精神を受け継ぎ、結実させた、ひとつの端的な例といえよう。
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Ⅰ 写真家 福原信三

Ⅲ 資生堂意匠部と福原信三

Ⅰ 広告・デザイン


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