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 日本初公開! フェルメール「牛乳を注ぐ女」はいよいよ9月26日から開催
ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》1658-59年頃 油彩、カンヴァス 45.5×41 cm © Rijksmuseum Amsterdam 
フェルメールの「牛乳を注ぐ女」を中心に、アムステルダム国立美術館の世界随一のオランダ美術コレクションから合計116点でオランダにおける風俗画の多様な展開を紹介。
展覧会名国立新美術館開館記念 アムステルダム国立美術館所蔵 フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展
会 期2007年9月26日(水)~12月17日(月)
会 場 国立新美術館
休館日 毎週火曜日
開館時間 10:00 ~18:00 ※金曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
観覧料 一般 1500円/大学生 1200円/高校生 800円/小・中学生 無料 ※障害者手帳をご持参の方と介護者の方1名は無料


ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》1658-59年頃 油彩、カンヴァス 45.5×41 cm © Rijksmuseum Amsterdam

17世紀オランダ黄金時代に風俗画家として活躍したヨハネス・フェルメール(1632-1675年)。
現存する30数点のうち傑作中の傑作として特に評価の高い《牛乳を注ぐ女》が日本初公開となる。
今回の展覧会では、この作品を中心に、アムステルダム国立美術館の世界随一のオランダ美術コレクションから油彩画40点、水彩画9点、版画51点、工芸品16点の合計116点でオランダにおける風俗画の多様な展開を紹介している。
リュートなどの古楽器の展示や、フェルメールの画業を紹介するコーナーも本展の見どころ。

◆◆◆◆◆◆ 展示構成 ◆◆◆◆◆◆

第1章
17世紀の油彩画

17世紀オランダの都市では核家族が基本的な家庭単位。多くの風俗画には、当時の家庭の堅実な暮らしぶりが表現されていて興味深い。
ハブリエル・メツー《食事をする女、通称「猫の朝食」》1660-67年頃 ©Rijksmuseum Amsterdam

ヤーコプ・オフテルフェルト《入り口の広間の楽士たち》1670年代前半 ©Rijksmuseum Amsterdam

一見写実的に見える作品でも、寓話的で教訓的意味が込められている風俗画が多い。ヤン・ステーンの絵には、人間のちょっと愚かな行いが面白おかしく描かれている。
ヤン・ステーン《オウムに餌をやる女、バックギャモンをする二人の男と他の人物たち》1660-70年 ©Rijksmuseum Amsterdam
第2章
18世紀の油彩画

18世紀のオランダは、フランス貴族文化の影響を強く受けるように なり、美術界もフランス趣味が表れている。
だがホーレマンスなどの画家たちは、17世紀の伝統を踏まえた作品を制作していた。
ヤン・ヨセフ・ホーレマンス《陽気な集い》18世紀中頃©Rijksmuseum Amsterdam

エーケルス2世の作品は、17世紀のフェルメールなどの作品からヒントを得た新しい写実的な傾向を示してる。
ヤン・エーケルス2世《ペンを削る男》1784年 ©Rijksmuseum Amsterdam

風俗画とは
風俗画とは人々の日常生活を描いた絵画のこと。今では普通のことのように思えるが、ルネサンス以降の絵画の主流は、聖書や古代神話を主題にした歴史画だったので、普通の生活などは描かれなかった。そのような主流とは一線を画する絵画として、風俗画という名称が生まれた。
17世紀のオランダで風俗画が人気を博した背景には、貴族たちに代わって、市民たちが政治や文化の担い手になりつつあったことにある。
第3章
19世紀の油彩画

19世紀に入ると、フランスのバルビゾン派の画家たちによる風景画の革新が、オランダの若い画家たちにも大きな影響を及ぼしす。彼らはハーグという町に集まったのでハーグ派と呼ばれた。
ハーグ派の画家たちは、風景画のみならず、風俗画の制作にも取り組んだ。
ヘンドリック・ヨハネス・ウェイセンブルッフ《ハーグの芸術家の家の地下室の眺め》1888年 ©Rijksmuseum Amsterdam

ヤーコプ・マリス《窓辺の少女》1865-75年頃 ©Rijksmuseum Amsterdam

ニコラース・ファン・デル・ヴァーイ《アムステルダムの孤児院の少女》1890-1910年 ©Rijksmuseum Amsterdam
第4章
版画

版画は絵画に比べ安価であったことから、幅広い層の人々に求められ、多数の作品が制作された。この章では、17~18世紀に制作された興味深い諸作品を紹介している。
オランダ美術界の巨匠レンブラントも、数多くのエッチングを残している。会場には、《パンケーキを焼く女》などレンブラントの4点の版画を展示。
レンブラント・ファン・レイン《パンケーキを焼く女》1635年 ©Rijksmuseum Amsterdam

ヘールトライト・ロフマン《縫い物をする2人の女》(「女性の職業」の版画連作より)1648-50年頃 ©Rijksmuseum Amsterdam

フェルメール
 謎の生涯

1632年にオランダ南部のデルフトで誕生。父親は画商を営んでいたが、フェルメールが画家になった経緯は不明だ。
1653年に組合に親方画家として加入した記録があり、風俗画家として順調に稼業を続けたことがわかっている。
しかしフェルメールが生涯に残した作品は30数点のみ。1675年に43歳で他界した。
第5章
工芸品

オランダは17世紀に経済的な繁栄を見せた。この繁栄を背景に、当時の家具および家庭用工芸品は、前世紀のものと比べて、材質の点でもデザインの点でも著しく向上した。
成功した裕福なオランダの市民たちは、家の室内を自分たちの社会的地位にふさわしいものにするため、タペストリーや絵画と並んで、豪華な家具や食器を購入し、家を美しく飾った。
この最終章では、当時のリッチなオランダ市民の暮らしぶりがうかがえる、高価な銀製のボウル、皿、食塩入れ、オウムガイ製の杯などを展示している。
ニコラース・ホイエル《平鉢》1661年 ©Rijksmuseum Amsterdam

オランダ史
オランダがアジアに進出し始めたのは17世紀初頭。その頃、鎖国中の徳川幕府とも交易を行っている。
世界の海に覇権を称えたオランダは、スペインからの独立戦争を勝ちとり、1648年には完全独立を果たして経済的にも黄金時代を迎えた。
オランダは、各地の植民地で諸外国と衝突。1672年にはイギリスとフランスに宣戦布告され、国家的危機を迎える。敵対しながらも、オランダはフランスの貴族文化を吸収していたわけだ。
18世紀末葉になるとフランスの啓蒙思想がオランダにも流入した。バルビゾン派の絵画がオランダにも紹介されるのは、19世紀後半のことである。


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