トップ展覧会レポートバックナンバー2008年8月>内覧会レポート!森美術館「アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち」
 内覧会レポート!森美術館「アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち」

 2008年8月8日、森美術館で開催された、内覧会の模様です。

 1970年代から、身近な素材、写真、絵画、言葉、糸に刺繍、布、編み物、ぬいぐるみや剥製などを持いて作品を創り続けてきたアネット・メサジェ(1943年~)。メサジェは、女性アーティストの存在がまだ珍しい時代から活動してきた草分け的存在です。
 彼女は、制作において一貫して相反するものを表現します。聖と俗、ユーモアと恐怖、愛と悲しみ、表と裏、それらは人間の複雑さであり、また私的で、普遍的なものでもあるのです。
 本展は、パリのポンピドゥー・センターをはじめ、フィンランド、韓国を巡回した国際展。日本では初めてのメサジェの大規模展、この機会にメサジェの世界に触れてみてはいかがでしょうか?

会期:2008年8月9日[土]~11月3日[月・祝]



 
≪彼らと私たち、私たちと彼ら≫2000年
 会場入ってすぐ、おもむろに天井から吊り下げられた、たくさんの奇妙な剥製たち。
 彼らは、胴体は鳥や小動物で、頭はぬいぐるみの皮を被っており、鏡の板の上に乗っかっています。ちょうど、下向きに鏡の面が向いているので、下から覗く私たちの姿も映し出され、意図せず、この奇妙な集会に参加させられているかのような気分になります。
 本音だけではなかなか他者と対峙できない現実社会において、みなそれぞれの仮面を被っているのだ、という皮肉が込められた作品です。


≪寄宿舎たち≫1971~72年
 この作品はシリーズもので、メサジェがふいに路上で雀の死骸を踏んでしまい、衝撃を受けたことがきっかけで制作されました。
 私に踏みつけられてしまったかわいそうな小さな生き物!と憐れみを感じると同時に、この雀に関して自分は何も知らない、という現実にショックを受けたのです。
 そこで、哀れ慈しむという感情と、当時から女性性に強い関心を持っていたメサジェは、母親と子供の関係を表現しようと試みます。
 写真の作品では、雀の剥製がベビーカラーの手編み風な服を着せられています。
 着せる側は、愛玩の気持ちからでしょうが、着せられている側としては、窮屈でしょう。
 親から子への、一方的な愛情のエゴを感じます。
 他にも、鉄製の台座や車輪付きの台座に仰向けにくくりつけられた雀たちもいます。
 鉄製の台座の方はお仕置きを表し、車輪付きの方は、雀が速く歩けるようにという、まったくお門違いなおせっかいを表しています。

  
≪コレクターの秘密の部屋≫2007年
 通路に覗き穴が出現。中には入れませんが、穴から中を覗き込むと、これまでメサジェが収集してきたコレクションの数々が並べられています。
 新聞や雑誌などあらゆる媒体から切り取られた紙片やスケッチは、主に女性に関わること。
 美容パックを顔面に張り付けた女性たちの写真切り抜き≪自発的な拷問、接近≫1972年や、布片に針と糸で縫いとりの様子を実物と図解で並べた≪私の針仕事≫1972年など、ひとつひとつ近寄って見られないのがもどかしいですが、メサジェの初期の作品が満載の部屋です。

  
≪つながったり分かれたり≫2001~2002年
 つ、ついに登場!動く作品です。天井からは、人間の臓器や骸骨、動物の抜けがらのような得体の知れない者たちが上がったり下がったりしており、床に目を向ければ、たくさんの牛の死骸が転がっています。
 また、床の周囲を延々低速で引きずられているものもいます。みな、いびつな布製ですが、とにかく不気味で、断末魔の様相を呈しています。
 この作品は、2002年、ドイツ・カッセルで開催された「ドクメンタ11」(5年おきに開催される、現代美術の大型グループ展。ヴェネツィア・ビエンナーレにも匹敵する重要な展覧会。賞制度は無い。)で初めて発表された動く作品です。
 当時、ヨーロッパを震撼させた狂牛病に触発されたメサジェは、動物と人間、静と動、生と死を表現しました。
 そもそもの発端は、狂牛病も鳥インフルエンザも、人間が経済的理由から生態系を狂わせたという事実に関し、メサジェは「ばかばかしいこと。」と言っています。

 
左: ≪吊るされたものたちのバラード≫2002年
 こちらも動く作品。天井のレールにそって、時計回りに布製の臓器や奇妙な生き物たちが延々回転しています。
 展示室内の虚無的で退廃的な雰囲気とは対照的に、正面の大きなガラス窓からは、抜けるように明るい、53階の高層から見下ろした六本木の景色が。
右: ≪掌の線≫1988~90年 壁の左右
   ≪小さな肖像たちの物語≫1990年
 メサジェの作品は、壁に直接文字や図像を書き込んだり、設置したりするものが多く見られます。

 
≪残りもの(家族Ⅱ)≫2000年
 メサジェは蚤の市などで、ぬいぐるみを買い、作品に多く取り入れます。
 この作品は、大小様々なぬいぐるみを解体し、パーツを組み合わせ直し、壁に黒い糸で吊り下げています。
 ぬいぐるみは、子供が小さい時はかわいがられますが、大きくなると見向きもされず、捨てられてしまうことも少なくありません。
 作品の中央には百獣の王であり、また、一家の長を表してもいるライオンがいますが、彼もまた、今は脱げ殻の姿です。家族は永遠のものでは無いのでしょうか。

 
≪私の願い≫1989年
 女性の体の各パーツ写真が、黒いフレームに入って円形に壁から吊り下げられています。
 その様子は、神経と細胞のようにも見えます。この作品、どこかフランスの美術家クリスチャン・ボルタンスキー(1944~、独学で絵画を習得し、ユダヤ人であった父親が差別をうけた経験などから、生と死、名もない人々の記憶などをテーマに作品を制作。)に似ている、と思ったのですが、実際メサジェはボルタンスキーと交流があり、少なからず影響を受けていたのではないでしょうか。


≪私のトロフィー≫1986~88」年 ※一部分
 大きく引き伸ばされた身体のパーツ写真に、アクリル絵の具やパステル、木炭で絵を描き足しています。カエルや子供の姿、血のような液体が滴る不気味な城。ブラックメルヘンのような世界が身体上で繰り広げられます。 (私個人的に、この感覚、アイスランド出身の歌姫、ビョークのアルバム「ヴェスパタイン」のジャケを思い出しました。もちろんビョークのほうが後ですが。)
 メサジェは20代前半のころ、美大で写真を撮っており、両親が代わって応募した世界的な写真展で一等賞に輝き、副賞として世界一周旅行に出かけ、異なるものと出会い、多くの影響を受けました。以降彼女は、相いれないものとされていた写真と絵画の融合を試みていきます。
 まだ、写真は芸術とはみなされていない時代でした。

 
左: 奥の部屋から赤い布製の海が広がります。送風機のようなもので、赤い海面が波打ちます。
 この赤い海のようなものは、ジェペットじいさんが飲み込まれた巨大サメの体内の様子であり、同時に母親が出産時に大量に出血する様子も合わせているそうです。
 タイミングが良ければ、赤い海が流れ出す奥の部屋に反転させた巨大な時計が投影される場面に出くわせます。
右: よく見ると海面下に海底生物らしき姿が見えます。

≪カジノ≫2005年
 2005年のヴェネツィア・ビエンナーレで、フランス館代表として金獅子賞を受賞した作品。
 機械仕掛けの大規模なインスタレーション。この作品は、ピノキオのお話を元に制作されています。
 ジェペットじいさんが一本の棒から作った操り人形が、動いたり話したりするようになり、やがてほんとうの人間になりたいと願うようになるあのお話です。
 天井からは黒い影絵のようなオブジェが吊るされています。これは嘘をつき、悪さをして鼻を長くのばされてしまったピノキオの顔を模ったもの。
 ところで作品名がなぜ「カジノ」なのか。「カジノ」とは、19世紀、貴賤を問わず老若男女が集まる娯楽の場であり、当時人間的扱いを受けていなかった売春婦たちも集い、人間ではないピノキオとの関連性を示します。
 また「Casino」には小さな小屋という意味もあり、この小さな小屋は人形芝居を盛んに行っていたことや、ギャブル、勝負の場でもあるビエンナーレという意味も込められています。

 
左: 奥の箱がたくさん並んでいる作品は、≪ドレスの物語≫1990年。蚤の市などで入手した古着のドレスと女性に関わるメッセージを木箱に納めた作品。ドレスの持ち主の肉体は今は無く、木箱はまるで棺のようです。
 ドレスに添えられたメッセージが唯一、生の名残を伝えてくれます。
手前右壁面には、≪3つの銃≫2007年。女性の身体パーツ写真の缶バッチが布製の銃全体に留められています。
右: ≪黒いしみ≫2006年。こちらもまた、覗き穴から室内を見る作品。黒い羽毛のようなものが、空中に無数漂い、風に吹かれ揺れています。一瞬、まっくろくろすけ?かと思いましたが、すぐに訂正。そんなかわいらしいものでは無いなと。私たちの心にできた暗くて黒いしみなのでしょうか。

  
≪キマイラ≫1982~84年
 またしても得体の知れないモンスターたちが登場。コウモリやウサギなどを模った奇怪なコラージュ。真ん中の写真、阿鼻叫喚なコウモリ型モンスターの顔に注目、両目はなんと女性の乳首。このモンスターは女性なのだそうです。
 夜、寝ている間に悪夢を見て、目覚めても目の前に悪夢の続きがある、といった感じ。


≪ふくらんだりしぼんだり≫2006年
 臓器のような、身体パーツの一部のような、海底生物のような形態のバルーンが、タイトル通り、ふくらんだり、しぼんだりしています。
 絶え間なく静かに息づく私たちの内臓や、深い海の底で息をする生物たちの存在を再認識させるような作品です。

  
≪たよったり自立したり≫1995~96年
 最後の展示室。天井から無数の毛糸やら布製の文字を模ったもの、ふざけた子供の顔写真、加工されたぬいぐるみ、ゴミ袋のようなものまで目いっぱい垂れ下がっています。
 赤や黒の毛糸は、動脈と静脈、またへその緒を感じさせます。その様子は森のようです。またその森の周囲はハート型に整えられています。

 従来の“高尚な芸術”に反旗を翻し、アウトサイダー的立場から、女性性に着目し、女性の日常的な手仕事から世界を見てきたメサジェ。この世の二律背反的な要素を内包した彼女の作品は、現代的な言葉でいうならば「キモカワイイ」印象を私たちに与えます。

 その制作の根底に流れるのは、メサジェ曰く、「アートは常に私的であり普遍的でもある」ということ。
 個人的理由から発したものが、やがて社会や他者をも巻き込み、大小のムーブメントへと繋がっていくのです。
 ご大そうに構えずとも、人々の心に問いかけることはできるのだ、とメサジェから教わった気がした展覧会でした。
 みなさんもこの機会にぜひ、森美術館「アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち」へお越しください。

 
 同時開催、MAMプロジェクト008では荒木珠奈さん(1970年~)をご紹介しています。
 メサジェの作品にもっとも影響を受けたという荒木さん。これまで、さまざまなジャンル、素材を使って作品を展開してきました。今回は、度々訪ずれているメキシコで制作された新作を発表。メキシコの飾りロウソクや日本の餅花、秩父の祭り飾りなどからインスピレーションを受けた作品です。こちらもお見逃しなく!

[ text by Art inn編集部] 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

Art inn注目の展覧会情報:東森美術館「アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち」はコチラ
Art inn美術館一覧:森美術館はコチラ