
[ text by こいさん, photo by Art inn編集部] 2010/1/7 UP
←【柳に水車文重箱】
漆はまことに不思議な塗料である。柔にして剛、軽量にして深遠。
その柔軟な特性のために、蒔絵(まきえ)、螺鈿(らでん)、調漆(ちょうしつ)など、実に様々な装飾技法が長い歴史の中で生み出された。
柴田是真は、そのような漆の特性を知り尽くした江戸末期から明治初期の漆職人・絵師である。
本展は、エドソンコレクションを中心とする是真の作品を一堂に会した展示であり、海外に流出した作品の多い、是真作品をまとめて鑑賞できるまたとない機会である。
以下、四つの視点で気になった作品を紹介したい。
◎会期:2009年12月5日(土)~2010年2月7日(日)

【トリックアート・迫真の技術
― 砂張塗盆(さはりぬりぼん)】
見かけから期待した重量と、実際に物体を手にした時の重量とが異なる場合、狐につままれたような感覚に襲われることがある。
そのような効果をねらって作られたのであろう、この作品は金属盆の外見をしていながら、実際は紙と漆とによって構成された、巧妙なだまし漆器である。
これを見た人々はまず、漆でこれほど金属に酷似した表現が可能であることに驚かされるにちがいない。
砂張とは、銅に錫や鉛を含ませた合金のことで、その寂びた味わいが茶席でも好まれた。
薄暗い茶室に、砂張盆にのせられた干菓子が運ばれてくる。
客が盆を頂いた瞬間、その軽さに動揺する。亭主のしたり顔。
こうしたトリックアートは是真の得意としたところであるようで、
本展示の出展品に限定しても、紫檀のような風合いを見せる紫檀塗の香合や、
瀬戸物のような外見を持つ茶入など、だまし漆器の例は枚挙に暇がない。

【余白の充実 ― 蟹文鐔(かにもんつば)】
是真の作品の魅力は、漆を用いた表現の豊かさもさることながら、
大胆にして堅牢な構図、洒落たデザイン性であると思う。
絵画であればキャンバスという限定された平面を舞台とし、
画家はその限られた空白に独自の世界を花開かせる。
時として、それは舞台に収まりきらず画面を突き破って描かれ、
鑑賞者は描かれなかったその先に思いを馳せるのである。
『蟹文鐔』は、鉄製と見紛う鈍い光をたたえた漆製の刀鐔に、
蟹の図様を朱漆で描いたシンプルな作品である。鐔の右上部に描かれる蟹は、
表から見ると左のはさみと足が途中から欠けており、
額縁を越境して這い出しているように見える。
全体として見ると、鈍色の鐔が構成する余白が広すぎ、
さらに蟹が欠けて描かれているというアンバランスさが印象的だが、
それが返って、無造作に置かれた鐔に這い上がってきてしまった蟹を思わせ、
絶妙な構図を生み出していると言える。
ところで、表からは見えないこの蟹の左のはさみと足は、
鐔の縁から裏面にかけて描かれている。
鑑賞者が思いを馳せる「その先」に回答を用意しているところが心憎い。

【質感の異なるものの同居
― 群蝶春秋草花図屏風(ぐんちょうしゅんじゅうそうかずびょうぶ)】
(※写真左端の作品)
霞がかかったようなおぼろな描写の草花に舞い遊ぶ蝶の群。
全体の霞んだ印象に対して、蝶の群れだけが確固とした現実感を持って浮かびあがっていることが、この屏風がただの風景画ではないことを物語る。
この現実感は、蝶が別紙に漆で描いたものを貼り付けた、
いわばコラージュであることに由来する。肉厚で光沢のある漆で描かれた蝶は、
まるで標本箱の中の蝶のように美しい。異なる質感を見事にマッチさせている点は、
漆芸と日本画の両方を学んだ是真だからこそ考え付いたアイディアであると言える。
奇をてらった技法を用いた作品は、しばしば単なる技法の駆使に終わり、
説得力を欠くことが多いが、この作品は漆によって生み出されるリアルな質感と、
一方の墨絵によるおぼろな雰囲気の対比を効果的に演出する事により、
鑑賞する者に確かな手ごたえと満足感を与える。

【集められた粋
― 漆絵画帖(うるしえがじょう)】
是真は優れた職人であると共に、自分の仕事を整理する能力にも長けていた―
そんな事を考えながら『漆絵画帖』を鑑賞した。
『漆絵画帖』は、漆絵数十枚を一綴りにまとめたスケッチブックのような作品集である。
本展には七冊の画帖が出展されており、是真の多岐にわたる魅力がこれらに凝縮されている。
例えば、「青海波塗(せいがいはぬり)」によって表した波打ち際とそこに集まる鶴の群を
雰囲気よく配した作品がある。青海波塗は長いこと廃れていた漆技法で、
是真が復活させた変塗の一つであり、櫛へらで描く波文を特徴とする。
この作品からも、ただ青海波塗の珍しさを強調するのではなく、
技法を違和感なく絵の中に配置している点にデザイン性の高さを感じ取ることができる。
また、紫檀製の箪笥の引き出し部分をクローズアップして画面全体に描き出した作品では、
徹底的にリアリティの現出にこだわっている。
漆の技法としては、画面全体を覆う紫檀塗と取っ手部分の石目塗が特徴的だ。
取っ手部分の金属と見まごうばかりのざらざらした質感は変塗ならでは、そして、木地の干割れを補修する鎹(かすがい)までもが添えられ、まるでインテリアのカタログに載せられた写真の趣がある。
さらにこの画帖には、ひとコマ漫画を彷彿とさせるユーモラスな表情をたたえた人物や動物が数々登場する。
ここには堅物職人のイメージが強い是真には意外な、ウィットとユーモアも同時に記録されているのである。
めでたさも 中くらいなり おらが春 - 小林一茶
※画像転載禁止:このページの写真は内覧会時に撮影したもので、展示期間中の撮影は出来ません。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

