
[ text by 鈴木正人, photo by Art inn編集部] 2010/2/25 UP
フランク・ブラングィン-このあまり聞きなれない名前の人物はベルギー生まれのイギリス人で、画家でありデザイナーであり、建築設計や本の装丁を手がけ、つまりマルチな才能を持った職人であり芸術家だった。
この展示は、まるで本人の描いた絵のように色彩豊かなブラングィンのキャリアを我々に見せつけてくれる。
以下、展示の内容を順を追って見ていくこととしよう。
◎会期:2010年2月23日(火)~5月30日(日)

Ⅰ.松方と出会うまでのフランク・ブラングィン
ブラングィンがデザインした椅子やキャビネット、カーペットや、油彩の絵などがある。
おもしろかったのは「グラフトン・ギャラリーズでの『アール・ヌーヴォー』展ポスター」で、壷を持つ優美な女性の背景に煙がもうもうとたなびく工場が描かれている。
20世紀始めより、芸術と技術の親和性、生産活動と創造活動の融合が掲げられていくのは、恐らく美術史上言い古されていることだろう。しかしここでは単純に、ブラングィンが労働という主題を生涯テーマにしていく萌芽がほの見えることに注目したい。
また油絵は、色や顔料があふれんばかりに盛られているようで、何度も絵に近づいたり離れたりして全体を味わった。
絵なのにどこかタペストリーかレリーフを思わせる感じで、独特の重厚な雰囲気を持っている。

Ⅱ.フランク・ブラングィンと松方幸次郎
第一次大戦期のポスターやリトグラフ、壁画装飾の習作、松方が夢見てブラングィンが建築デザインを手がけたが、遂に叶わなかった「共楽美術館」の構想など。
戦争期の絵はテーマが平和だったり、宗教的な信仰心だったりするが、そうした中でも人物がさりげなくハンチング帽とシャツで労働者風だったり、十字架やイエスの背後にヘルメットのようなものを被ったデモ隊風の人々がいたりする。
壁画装飾も題が「果物を運ぶ人々」「ラグを運ぶ人々」等々で、やはり何かしら働いている感じである。
共楽美術館は実現していれば東洋一の西洋美術館となるはずのもので、壮大なスケールの建物であるが、中庭に日本風の石灯籠が配されていたりした。日本の浮世絵や工芸を愛したとされるブラングィンの趣向の表れだろうか。

Ⅲ.壁面装飾、版画、その多様な展開
エッチングやリトグラフ、木版画など。ブラングィンの多彩な仕事ぶりが提示されている。
エッチングのモノクロームの画面は、船の建造や船を曳く人々、パン焼き職人などが主題で、厳しい労働現場や労働に従事する人の肉体を濃密に表現し、労働の尊さを伝えてくるようである。
木版画は彫り及び摺り師である漆原由次郎との共作で、ブラングィンは原画だけでなく、各色の版木の指定まで行っていたそうである。そして漆原はブラングィンの要望に忠実に応えた。
「アラビアのモスク」や「アビニョンの城壁」は斬新だがどこか郷愁をたたえた色彩を帯び、二人の息の合った作品づくりを伺わせる。

ブラングィンが長らく忘れ去られていたのは、ヨーロッパの美術史のどの流れにも属さなかったことや、作品が火災によって焼失したり、戦争でフランス政府に没収されたりして(これは後に日本へ寄贈返還された)なかなか日本で日の目を見なかったという点が考えられる。
またこれは私の印象でしかないが、作品全体を見ていて、モチーフの選び方が、本人の価値観やライフスタイルにも反映されていて、美術を愛好する人々とそりがあわなかったのではないかという気もした。
どういうことかというと、ブラングィンは労働者、特に肉体労働についているような無骨な男が大好きである。しかも、単に見るのが好きだということではなく、労働それ自体が好きなんだという思いが伝わってくる。こういう人と、線の細いアカデミックなエリートや彼らをパトロンとする芸術家が、親密な仲になるとも思えないのである。
だがブラングィンは、クライアントの意向を聞いてそれに合う仕事をするという努力を人一倍していたようだ。教会や食堂の壁画の装飾など、自分の好きなモチーフを組み込みながら、その場にあった雰囲気をみごとに作りあげている。
働く男の力強さを華麗なイメージの装飾に組み込めるというのは希有な力なのではないかと思う。実際、ブラングィンの作品は、優雅な雰囲気をたたえながら骨太であるという、異色の魅力に満ちている。また、ブラングィンのような人がいないと、労働者の姿は歴史の中で影をひそめてしまうだろう。歴史の担い手である人々の力強さを残すという意味でも、こうした趣向性は貴重なのではなかろうか。
作品全体を通して見えるブラングィンは、労働を愛し、実直で地に足のついた職人兼芸術家、という人物像であった。働き者で美しきものを愛す、この両立は見習いたいものである。
※国立西洋美術館の許可を得て会場撮影をしています。
※無断転用は固くお断りします。
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