
[ text by 鈴木正人, photo by Art inn編集部] 2010/4/27 UP
ボストン美術館展が開催されている六本木ヒルズには、交通手段として地下鉄を使うことになるが、車内の周囲は闇なので、六本木というきらびやかな場所で展示される名画たちがいっそう華やかに思える。
以下、その豪華な名画たち、絵の一枚一枚が全て主役とも言えるボストン美術館展の内容を、順に追って見ていくこととしよう。
◎会期:2010年4月17日(土)~6月20日(日)
↑Ⅰ 多彩なる肖像画
肖像画で描かれてる人物は、我々にとってはしょせん赤の他人だが、そうした無関係な主人公に対して我々が興味を抱くのは、描いている画家の力量と言えるだろう。
例えばトマ・クチュールの「寡婦」の、描かれた女性の硬直と沈痛、また観ている我々を拒絶するような雰囲気は、どこか気持ちに引っかかる。
この絵はナポレオン戦争による寡婦の増加という状況を反映しているようで、具体的な人物をモデルにしているというよりは、恐らく時代の空気と、画家が愛したであろう静かな憂鬱の雰囲気を具現している。

Ⅱ 宗教画の運命
名称や形は何であれ、何かしら救いの対象を打ち立てて困難や苦痛を乗り越えるのは、見えざる世界を共有できる人間の優れた精神力だと思うが、宗教画はまさにそうした人間の良さの結集だろう。
ここで展示されている宗教画も、描かれているものへの傾倒や集中力は共通しているようだが、時代が移り変わるにつれて、ドラマチックな描写、強烈な情念は次第に姿を消していく。
そして、ジャン=フランソワ・ミレーの「刈入れ人たちの急速(ルツとボアズ)」のように、どこか日常との融合をはかろうという意図を強めていくようである。

Ⅲ オランダの室内
17世紀のオランダの絵画が展示されている。この国は、世界の富強国であった時代にもあまり記念碑的な建築物をつくらず、養老院や病院をつくっていた。
芸術では建築や彫像ではなく絵画において発展したが、宗教画、歴史画はあまりなく、風俗画、肖像画、風景画が主体であり、ここで展示されている絵もその類のものである。
エマニュエル・デ・ウィッテの作品では、人間には意識が注がれておらず、堅実な日常生活の風景を強調しているようであるが、恐らく当時のオランダの人々が重視していたものを象徴しているのだろう。

Ⅳ 描かれた日常生活
ここで描かれているのは日常の風景であるが、時代が変わるにつれ日常生活として取り上げられるものが、農村から都市の市民の生活に移り変わる様がうかがえる。
私の目を引いたのはエドガー・ドガの「田舎の競馬場にて」であるが、この絵で題名にもなっている競馬は隅で行われているだけで、目に入ってくるのは馬車に乗っている家族の風景である。
馬車と馬は下の部分が切れており、観るものの視線は乳母と子供、それを見守る母親、父親らしき紳士という日常の幸福の輪に参入するのである。

Ⅴ 風景画の系譜
風景画は17世紀のオランダで独立して発展し、その後さまざまな国で扱われ、19世紀に入ると自然観察を成果として描くような絵も現れる。
ナルシス・ヴィルジル・ディアズ・ド・ラ・ベーニャの「森の中の池」は、自然を正確に写し取るというよりも、昼なお暗い森の不気味さと威厳を伝えるようだ。
青い空は木々の葉に遮られ、開放よりも圧迫を強調しているようで、池のほとりに佇む人間は、水の恵みを受け取る喜びよりも、森の威圧感に圧倒されているようである。

Ⅵ モネの冒険
ここではクロード・モネの絵が時系列的に展示されている。海の青緑、光の薄桃、夜明けの青など、水や光、空気の色の移り行きが展示空間に伝わってきて、観るものにモネの多彩な色彩が押し寄せてくるようである。
「ジヴェルニー近郊のセーヌ川の朝」は、夜明けのセーヌ川が描かれてはいるが、実際の風景が再現されているようなリアルさはない。
しかし我々が夜明けの川の姿であると理解するのは、恐らく絵が表現しているものが、我々の意識に広く共有されうる要素を示しているからであろう。

Ⅶ 印象派の風景画
カミーユ・ピサロ、アルフレッド・シスレー、ポール・セザンヌ、ピエール=オーギュスト・ルノワールなど、印象派といって頭に浮かぶ画家たちの風景画や、印象派以降の画家としてフィンセント・ファン・ゴッホやポール・シニャックの作品が展示されている。
まず目を奪われたのはゴッホの絵で、曲がりくねった形状と色の連続性は、画家の超人的な想像力を示し、観るものの予測を許さない。
また、ピサロの地に足がついた感じ、シスレーの空の色など、画家それぞれの強烈な個性を見ることができるが、ここでは特に、印象派の試みがいかに実験的で意欲的だったのかを伺い知ることができる。

Ⅷ 静物と近代絵画
静物画はもともとヴァニタス画など、決められた枠組みで使用される分野であったが、近代に入ると画家が個別的な意味を付け加えるようになり、バラエティ豊かな展開を見せる。
アンリ・マティスの絵の主題である花瓶は、周囲のカラフルなモチーフを共に主題へと誘っており、ジョルジュ・ブラックやファン・グリスの絵の静物は、日常で想起される性質を超えて、画家が加えた文脈を語る強い存在となっている。
静物画の解釈の幅と可能性を広げたであろうこれらの作品は、絵画自体の可能性の広がりを示すようでもある。
今回私の記憶に残ったのは、緩やかなカーブを描いて色の断片が姿を現すⅥの部屋の空気感だった。
モネの絵にどうしようもなく懐かしさを感じるのは、彼が風景の原初的性質というようなものを捉えていたためではないかと思う。
自分の中のあらゆる記憶の光景を総動員すると、どこかしら絵に一致する雰囲気の光景を見出せたような気がする。
それゆえ、モネの絵に囲まれると、記憶のゆりかごの中で色彩浴をしているような感覚を味わったのである。
※森アーツセンターギャラリーの許可を得て会場撮影をしています。
※無断転用は固くお断りします。
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