
[ text and photo by 波野月子]
2012/1/10 UP
会 期
2012年1月7日(土)~2月12日(日)
根津美術館の新年の展示は「百椿図 椿をめぐる文雅の世界」。
百椿図とは、江戸初期の園芸ブームを背景に作られた二巻の絵巻物で、当時愛でられた百種類以上もの椿が描かれています。
長寿の象徴とも言われる華麗な椿に囲まれたら、きっと今年一年を寿いでいただいた気分になることでしょう。
百椿図は、椿だけがえんえんと描かれているのではなく、器物と取り合わせて表現されているのが特徴です。
椿を風呂敷に包んだり、日常の道具を花器に見立てて活けている様子は、描き手の囚われない発想と、モダンで洗練された感性を伺わせます。

中には聖護院大根に椿が挿してある、という驚きの構図もあります。
大根はどういう用途で使われているのだろうかと疑問に思いますが、挿し木や接ぎ木で貰ってきた椿を大根に挿すことで、椿の水分を保った、という説があるそうです。
頂いてきた大切な椿への愛情と、当時の人々の生活の知恵やユーモアが感じられます。

また百椿図には、引き出される情報が多いという面白みがあります。
例えば鼓の上に椿が乗っている絵の、鼓に描かれた紋は、この絵巻物の企画者、松平忠国のものであることが分かっています。
絵巻物には、文化人たちが寄せた漢詩や和歌などの賛(1)が記載されており、中には儒学者の林羅山や、水戸光圀の名前も見られるので、そうした歴史上の人物たちに親しみを感じる瞬間が何度もありました。

カラフルな台の上に載った、色とりどりの花々。花器もさまざまに描かれたこの絵では、幾種類もの椿が見られます。
しかし、百椿図に記載された百種類以上の椿たちは、種として不安定だったのでしょう、現在はほとんど残っていないそうです。
残念と言えば残念ですが、それだけに百椿図は絵として美しいだけではなく、資料として非常に価値があると言えるでしょう。
京狩野家の祖である狩野山楽の筆により描かれ、四十九人の文化人が賛を寄せたこの絵巻物は、松平忠国・信之の二代にわたる努力が結実したものであり、寛永文化という、江戸文化の一つの頂点に生み出された大きな成果です。
また百椿図のある展示室では、椿関連の工芸品として、尾形乾山の向付が目に入ります。
この「色絵椿輪花向付」は、器の形に椿の花弁が反映されており、素朴な色合いの中に風雅な遊び心を感じされる逸品です。
同時開催されているテーマ展でも、新年の華やぎを感じることができます。
展示室2の「天部の絵画 守護と福徳の神々」では、天部に属する神々に関する絵画・工芸を展示してありました。
墨で描かれた毘沙門天は、絵というよりは僧の間で引き継がれた図案として描かれたもので、装飾を排した筆づかいが、堂々とした姿と迫力を引き立てていたように思います。
他にも艶めかしさすら感じさせる弁才天や、それぞれのキャラクターの魅力を放つ十二神将など、人間味溢れる神々の、躍動感ある表情や体の動きを堪能しました。
展示室6の企画「初釜を祝う」は、新年初めて行われる茶会である初釜に関連して、干支にちなんだ道具などが展示され、雅極まる内容になっています。
陳列ケースには、畳の上に道具が展示してあるので、見ているこちらも心づくしのおもてなしを受けているような気持ちになります。
また、茶室の内部を公開した展示では、茶会が開催されている場に、お客さんとして参加しているような気分を味わうことができます。
昨年は、震災など、人の心に重く響く出来事が多く起こった年でした。
展示室1の最初で、今年の干支である龍が猛々しく描かれた雪村周継筆「竜虎図」に出会え、神聖な植物とされる美しい椿に取り巻かれる今回の展示は、力強く華やかで、まさに年明けにふさわしい内容だったと思います。
根津美術館に足を運ばれる方々は、展示物のかずかずから、新春のおもてなしを受けることでしょう。
※(1)東洋画において、鑑賞者によって作品に書き加えられ、作品の一部とみなされる鑑賞文、賛辞。
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