「コラージュとフォトモンタージュ展」の
音声ガイドをPCでお楽しみください
東京都写真美術館では、写真黎明期から現代までのコラージュやフォトモンタージュ作品127点を展示する「コラージュとフォトモンアージュ展」を12月17日まで開催中です。今回のArt inn特集では、この展覧会の作品9点の音声ガイドをパソコンでお楽しみいただけます。どうぞご試聴ください。 嶋田美子 「お茶と同情」1995年 |
●展覧会概要
「コラージュとフォトモンタージュ展」は19世紀なかばから20世紀末まで、写真がコラージュやフォトモンタージュにどのように利用されてきたのかをたどりながら、その意味や表現の魅力を捉えなおす展覧会です。
コラージュとは、17世紀ごろから紙や布、羽や動物の皮など、さまざまなものを貼り合わせて作品にする、美術技法のひとつでした。
写真が発明されてからは、コラージュ作品の多くに写真が使われるようになり、ネガやプリントを組み合わせて一枚の写真のようにするフォトモンタージュという技法も出てきました。
「コラージュとフォトモンタージュ展」では、東京都写真美術館収蔵作品を中心に127点の作品を3部構成で展示しています。
「第1部 序章」では、写真がコラージュとして利用され始めた時期に、当時の写真技術では不可能なことを表現するために作られた作品をご紹介します。「第2部 前衛美術との関係」では、20世紀初頭に、ダダ、シュルレアリスム、構成主義といった前衛美術の作家たちが、社会へのメッセージをこめて作った作品をご紹介しています。「第3部 主観主義写真と現代美術との関係」では、戦中戦後の時期に独自の視点で内面の心理性までも自由に表現しようとした主観主義写真の作品から、ネオ・ダダ、ポップアートの美術家の作品を経て、1980代以降、コンピューター技術により画像をデータとして容易に加工することが可能になったデジタル作品までをご紹介します。
その中から、9点の作品解説をお楽しみください。
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ギュスターヴ・ル=グレイ「海景」1856~1859年

1839年に写真が発見されたと言われています。そしてネガ・ポジ法が発明されたのは1941年でした。ギュスターヴ・ル=グレイの「海景」は、それから20年足らずで作られたフォトモンタージュです。一見すると、どこがモンタージュなのかよくわかりませんが、空の明るい部分と海の暗い部分は、当時の技術では、露出が異なるために一緒に撮影できませんでした。波や雲の細かい描写を一回の撮影で表現することは不可能だったのです。そこで空と海が別々に撮影され、合成されています。ギュスターヴ・ル=グレイはありのままの風景を写真にしようとして、逆に合成写真を作りました。美術の分野ではまだコラージュという概念ができる前に、写真の分野では合成、コラージュが行われていたのです。ギュスターヴ・ル=グレイは1820年に生まれ、1882年に没しています。
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小島柳蛙(りゅうあ)「小島柳蛙と家族像」1873年

小島柳蛙(りゅうあ)の「小島柳蛙と家族像」は、いわゆるコロジオン湿版(しっぱん)法という技法を使った写真です。ガラスの表面の乳剤が湿った状態で撮影から現像までをするというプロセスを使った作品です。
この写真の女性は両方とも小島柳蛙の息子の嫁の「をと」と、その二人の子供を撮ったものです。女性が二人映っていますが、この女性はどちらも「をと」です。
小島柳蛙は文政3年(1820年)に小島当三郎と蘭学者・飯沼慾斎(よくさい)の妹・登喜(とき)の子として美濃国に生まれ、飯沼慾斎に化学を学びました。万延元年(1860年)に江戸に遊学にでた兄の後を追って上京し、外国人から写真術を伝授され、1863年(文久3年)に名古屋で尾張藩を代表する儒学者・細野要斎(ようさい)の撮影に成功。明治4年に郷里の伊奈波(いなば)神社口に写場(しゃじょう)を開設して、多くの門人を輩出しました。
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マン・レイ「アングルのヴァイオリン」1924年

マン・レイの「アングルのヴァイオリン」は、雑誌「文学」に発表された作品で、フランスの新古典主義の画家ドミニク・アングルの「浴する女」をモチーフにしています。この頃の多くの芸術家のモデルにもなっているキキの背中にFの字を配した作品は、マン・レイの代表作のひとつです。マン・レイは1890年にアメリカに生まれ、1920年代にパリに移り、サルバドール・ダリやパブロ・ピカソなどと親交を結び、ダダイスト、シュルレアリストとして多くのオブジェ作品を制作しました。ポートレートやファッション写真など多種多様な写真作品を残しています。マン・レイは1976年にパリで86歳の生涯を終えました。
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ラスロ・モホイ=ナジ「レール上の殺人(隣人を愛せよ)」1925年
ラスロ・モホイ=ナジはバウハウスの教師です。バウハウスはドイツに設立されたデザインと建築の学校でした。バウハウスでは、バラバラにした写真を、本来の目的とは異なる使い方をして、イメージが潜在的に含む要素を表に出そうとしました。
ラスロ・モホイ=ナジは1895年、ハンガリー生まれです。1920年にベルリンに移住し、ダダイストたちと親交を結び、1923年から1928年まで、バウハウスで教鞭をとり、絵画だけではなく、フォトグラムやフォトモンタージュを使った写真制作に取り組みました。造形の際に視覚的な性格と、素材面を強調するという教育によって、バウハウスでの近代的で工業的な形態言語の発展に大きな影響を与えたと言われます。ラスロ・モホイ=ナジは1946年にシカゴで死去しました。
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小石清「泥酔夢・疲労感」1936年
日本では1930年代にダダイズムやシュルレアリスムの作品が一気に入ってきました。小石 清(こいし きよし)の「泥酔夢」は、3連作のひとつで、時計は移動モンタージュの手法を使い、酔った感覚を表しています。小石はこの写真で、美しい夢を画面に描くのではなく、酷い夢を写真として表現しようとしました。
小石は、日本の戦前を代表する写真家です。1908年(明治41年)に、大阪で生まれました。昭和に入り、浪華写真倶楽部(なにわしゃしんくらぶ)に入会。1931年に大阪にスタジオを開設し、写真家として独立しました。あらゆる写真的技術を使いこなし、芸術写真、新興写真、前衛写真、報道写真と、ジャンルを問わず、傑作を残しています。1957年に死去しました。
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平井輝七「生命」1938年
1930年代、昭和初期の日本においては、関東の写真界ではまだシュルレアリスムの影響は浸透していなかったのですが、関西のアマチュア写真家たちは、1937年に巡回された「海外超現実主義作品」展に感化され、「アヴァンギャルド造影集団」を結成しました。平井輝七(ひらいてるしち)の「生命」はダリやマン・レイといったシュルレアリストの影響が色濃く見受けられます。
平井 輝七は1900年に大阪で生まれました。アマチュア写真家として、「浪華(なにわ)写真倶楽部」、「丹平写真倶楽部」、「アヴァンギャルド造影集団」などのグループで活躍し、フォトモンタージュや彩色を駆使した、極めて幻想的なシュルレアリスム的作品を得意としました。1970年に70歳で死去しました。
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古川成俊「モンターヂ」1931年
古川成俊は木村専一や堀野正雄らとともに「新興写真研究会」(しんこうしゃしんけんきゅうかい)を結成しました。「モンターヂ」というこの作品は銀座松屋で開催された「第2回新興写真展」に出品された作品です。この作品には、機械文明がもたらす都市のモダニズムが表現されています。
新興写真研究会とは、フォトタイムス社から刊行されていた写真雑誌「フォトタイムス」の編集主幹であった、木村専一が中心となって1930年に結成された写真団体です。結成と同年に「新興写真研究」という会誌を発行し、写真作品や論文を掲載しました。木村専一の渡欧により、翌年発行の第3号で休刊しましたが、展覧会を全部で7回、1930年から1932年まで開催しています。
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嶋田美子 「お茶と同情」1995年
嶋田美子(しまだよしこ)の「お茶と同情」は、元従軍慰安婦の顔の上に、戦時中に結成された大日本婦人会の写真が重なっています。同じ時代に生きた二つの別の女性たちのイメージを重ねることで、今なお解決されていない問題の根深さを私たちに問いかけます。ヴィジュアル・アーティストとして国際的に活動している嶋田美子は1959年に生まれ、1982年に米国カリフォルニア州スクリップスカレッジを卒業し、「歴史」「ジェンダー」「国家」といった角度から、第2次世界大戦中の日本とその他アジア諸国の女性の立場を考える作品を発表しています。
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ジュリー・N・ユルズマン「無題」1976年
ジュリー・N・ユルズマンの作品は、マグリッドの絵画を思わせる幻想的な風景になっています。この作品は精緻に写真を組み合わせることにより、現実と想像の世界が完全に融合しているようです。1934年アメリカ生まれのユルズマンは、1960年代以降、複数のネガから写真を合成する技法を使いはじめ、当時の一般的な美意識を打ち破り、デジタル写真を1世代ほど先取りした新たな手法の先駆者となりました。ユルズマンは「精神は目やカメラが見ることができる以上のものを知っている」と言っています。その手法は、やがて数々の芸術家や写真家に影響を与えることになりました。
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「コラージュとフォトモンタージュ展」
会期
2006年11月3日(金・祝)→2006年12月17日(日)
開館時間
10:00~18:00 (木・金は20:00まで)
休館日
毎週月曜日(休館日が祝日・振替休日の場合はその翌日)
会場
3階展示室
料金
一般 500(400)円/学生 400(320)円/中高生・65歳以上 250(200)円
※( )は20名以上の団体
※小学生以下および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
※第3水曜日は65歳以上無料 ※東京都写真美術館友の会会員は無料
住所
〒153-0062 東京都目黒区三田一丁目13番3号
恵比寿ガーデンプレイス内
電話
03(3280) 0099/FAX 03(3280)0033
交通案内
JR山手線恵比寿駅東口より徒歩7分(恵比寿ガーデンプレイス内)
専用駐車場はありません。お車でご来館の際は恵比寿ガーデンプレイス内の駐車場をご利用ください。
東京都写真美術館のホームページはコチラ

