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王室から一流ブランドまで、世界中から集められた最高のジュエリーによる美の饗宴
ティアラだけによる展覧会は、2000年にアメリカ・ボストンで開かれたくらいで、もちろん日本では初の試みとなる。監修は世界的な宝飾史家のダイアナ・スカリスブリック女史で、本展覧会は彼女の集大成と云える画期的なビッグイベントである。
展示品は、ヨーロッパの主要な王室や貴族が所有しているものから世界各地の美術館所蔵のもの、加えてショーメ、カルティエ、ミキモト、ブルガリなどの超一流ブランドが手がけたものまで集められている。ナポレオン三世の皇后ユージェニーやモナコ公妃グレース・ケリーが実際に着用したものから、昨年のトリノオリンピックでフィギュアスケート・女子シングルの金メダリスト(荒川静香さん)に贈られた最新のティアラまでバラエティー豊かに幅広く展示され、特別な予備知識がなくても、気軽に楽しめるのが嬉しい。
中世ヨーロッパの宮廷や社交界を絢爛豪華に飾り、その後いくたびの戦乱をかいくぐりながら現代にその輝きを放つ、ティアラに秘められた数奇な運命とは? 作品ごとの解説文と併せて見ると、歴史を彩ってきたティアラの魅力が華麗に蘇る。世の女性たちを魅了し続けてきた、最高のジュエリーによる“美の饗宴”をじっくりとご堪能あれ!
ティアラって何? 歴史のうねりの中で意味合いを変えていった特別なジュエリー
宝石を散りばめた頭飾り(ヘッド・ジュエリー)、あるいは女性用の冠(かんむり)。これらが一般的なティアラの認識ではなかろうか。では、いつどんな時に付けるもの? と問われれば「結婚式の花嫁さん」と答えるだろう。つまりティアラは日常的に身につけるものではなく「特別なジュエリーである」と云う扱いは、かたちは変われど現代においても受け継がれている。
古代エジプトでは、王族など高貴な人物を埋葬する際にその功績や敬意を表わす印として遺体にティアラを着用させたと伝えられ、古代ギリシアでは神性の象徴へと変わっていく。18世紀の上流階級でジュエリーとして復活し、ナポレオンはティアラを権力の象徴として利用。宮廷の公式の場で女性たちが身に付けるようになる。その後19世紀から20世紀前半にかけては、社交界の必需品として華麗な発展を遂げると同時に、素材(宝石など)やデザイン的にもティアラは頂点を極め、現代では美術品として高く評価されるようになる。
長い歴史の中で、神、権力、階級、美術など、それぞれの時代を象徴するジュエリーであり、見方を変えて鑑賞することでティアラがいかに“特別”かが浮き彫りになってくる。

《プリンセス・ロイヤル・ティアラ》 カルティ エロンドン製作、 1938年/後に一部改作、イギリス王室蔵、Gracious Permission of Her Royal Highness the Princess Royal ©Reserved
©Reserved / The Royal Collection. Photograph reproduced from ‘Tiaras, A History of Splendour’ by Geoffrey C. Munn, Antique Collectors' Club, 2001.
1938年、イギリス国王ジョージ六世とエリザベス王妃の結婚15周年を祝って贈られたティアラで、現在はアン王女が受け継いでいる。イギリス王室が東京展だけに特別展示を許可した特別な作品。お見逃しなく。
展示品の見どころ ~第1章から第10章の概略~
第1章 古代ギリシア・ローマ
ティアラの起源は古代エジプトに端を発し、支配者などの遺体に着用させていたことから死者への敬意を象徴していたが、古代ギリシアでは、神々の頭上にある植物のリース(輪飾り)に見られるように、神性を象徴するものへと変化していった。古代ローマになると最高位のシンボルとしての意味合いが強くなり、その姿が彫刻や絵画に数多く登場するようになる。ティアラの黎明期となる本章では、後世まで受け継がれるティアラのデザイン性を探っていく。

《ホワイトハウス夫人の勝利のティアラ》 1917年 個人蔵、ニューヨーク
女性の参政権を求める運動の先陣に立った女性へ、その功績を称えて贈られたゴールドのティアラ。古代ローマ皇帝の象徴である月桂樹をあしらったデザインで、ごく初期の古典的なティアラを再現している。
第2章 新古典主義と第一帝政時代
18世紀中頃から相次いで行われた発掘などにより、古代ギリシアやローマ美術が再発見され、これらを普遍的な「理想美」と捉えて復活させようとする「新古典主義」が登場。ナポレオンは自らの権力を誇示するためゴールドの月桂樹の葉で飾った冠を付け、宮廷の女性たちにはすべての閣下行事の場でティアラの着用を命じた。また素材にはダイヤモンドが主流となり、ティアラは財力と権力の象徴となっていく。

《カロリーヌ王妃のニコロ・インタリオ付バンドー》 ニト・エ・フィス伝、1810年頃、ミキモト蔵 ©K.MIKIMOTO&CO.,LTD.
かつての所有者だったカロリーヌ・ミュラは、兄のナポレオン一世の失墜ととともにすべてを失い、過去の栄光といえるこのバンドー(額飾り)も手放されていった。ゴールド、真珠、ニコロ・インタリオ(彫刻宝石)から成り、中央にはヘラクレスの横顔がある。
第3章 第二帝政時代とヴィクトリアン
19世紀後半、フランスで壮麗な宮廷文化が復活。1851年に開催された万国博覧会では宝飾美術が重要な出展品になり、ジュエリーの世界は黄金期を迎える。同時期に南アフリカでダイヤモンド鉱山が発見されたことで、ダイヤモンドは他の宝石をすべて凌駕し、その影響はティアラにも大きく反映している。

《マルゲリータ王妃のティアラ》 メレリオ・ディ・メレー製作、1867年、アルビオン アート・コレクション
1613年の創設以来パリで唯一、一族経営を続けている一流ジュエラーのメレリオ・ディ・メレーによる作品。現在でもティアラを製作している他、全仏オープンテニスのトロフィーなどもメレリオによるもの。素材はゴールド、シルバー、ダイヤモンド。

《ヘッセン大公妃プリンセス・アリスのダイヤモンド・ティアラ》 1862年頃、ヘッセン財団ファザネリー城博物館蔵
35歳の若さで逝去したプリンセス・アリスのティアラは、1937年に乗員すべてが死亡する飛行機事故にあったが、強靭なケースに保管されていたため事故現場から奇跡的に無傷で発見された。
第4章 エイグレット・スタイル
17世紀に登場したエイグレット(頭のサイドやセンターを飾るジュエリー)は、1870年頃に再びブームが訪れる。君主制と密接に結びついてたティアラを、当時の共和制政府にふさわしくない思った女性たちはエイグレットを公式の場で着用していた。
 
《ペアのハミングバードのエイグレット/ブローチ》 ジョゼフ・ショーメ製作、1895年頃、ショーメ蔵 ©Collection Chaumet, Paris
頭の動きで羽が揺れ、ハミング・バード(ハチドリ)が髪に舞い降りたような洒落た演出が楽しいエイグレット。作はナポレオン御用宝石商に任命したショーメによるもの。
第5章 ロシアン・スタイル
イギリスでヴィクトリア女王の治世が円熟期を迎え、宮廷文化を謳歌していた頃、ロシアの宮廷も華やかな時代を迎えていた。デザインは過去の芸術から発想を得た「折衷主義」が主流で、なかでもココシュニック(頭に付けるロシアの民族衣装)から発展したティアラは壮麗な美しさを誇る。本展覧会に出品された、ロシア宮廷御用達ジュエラーであるファベルジェの手がけたティアラは見事な風格と気品を併せ持っている。
第6章 アール・ヌーボー
ダイヤモンドの流行によって権力や財力を誇示する存在になっていたジュエリーは、1890年以降さまざまな素材に価値を見出し、工芸(芸術)作品として昇華させる動きが盛んになる。象牙や動物の角、エナメルなどが使われ、デザインも個性的なものが大いに注目される時代となった。

《ドラゴンフライ・ティアラ》 ルネ・ラリック製作、1900年頃、個人蔵
アール・ヌーボーのジュエラーとして知られるルネ・ラリックの作品で、素材はゴールド、エナメル、アクアマリン。トンボのデザインは、1900年頃に大流行した日本美術の影響を強く反映している。
第7章 エドワーディアン/ベル・エポック後期
20世紀に入るとティアラは王侯貴族だけのものでなく、裕福な既婚女性が、社交的な機会で付けるようになる。またプラチナが使われるようになったのも大きな特徴で、軽量で強靭なプラチナは大量の宝石を支えられ、ダイヤモンドなどは、その輝きをさらに強調する素材として大流行した。

《マリー・ボナパルトのティアラ》 カルティエ製作、1907年、個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
カルティエは1847年に最初のティアラを制作して以来、常に気品あふれる女性らしらを表現した作品で世の女性たちを魅了し続けている。プラチナとダイヤモンドによるこのマリー・ボナパルトのティアラは20世紀初頭の代表的な作品のひとつである。
第8章 バンドー・スタイル
コルセットを使わないドレスやショート・ボブのヘアスタイルが主流となった1920年代、そのスタイルに合わせた細身のシンプルなティアラ「バンドー」が登場。デザインは、アール・デコを象徴するような幾何学デザインや当時大流行したエジプシャン・スタイルなど、これまでとはまったく異なるユニークなティアラが生まれた。

《ドリス・デュークのバンドー》 カルティエ ニューヨーク製作、1924年、カルティエ コレクション ©Photo: N. Welsh Cartier Collection © Cartier
プラチナ、ダイヤモンド、真珠を使ったカルティエの作品で、幾何学デザインは典型的なアール・デコ・スタイル。このバンドーを相続したドリス・デュークは、当時“世界で一番裕福な少女”として有名になった。
第9章 両大戦間と戦後の時代
第一次世界大戦後、舞踏会や結婚式などのフォーマルな場でティアラは輝きを失わず、1929年のニューヨーク株式市場大暴落した時でさえ、限られた女性たちはティアラを着用し続けていた。第二次世界大戦後は、世界各地で開催される国際的なイベントで、資本家や実業家、または映画女優たちがティアラを身につけていた。1970年代、パリのオートクチュールが陰りを見せ始めた頃を境に、ティアラは伝統的な結婚式で花嫁の頭上を飾る場合を除き、活躍の場は徐々になくなっていき現在に至っている。

《プリンセス・シクストのブルボン=パルム・ティアラ》 ジョゼフ・ショーメ製作、1919年、ショーメ蔵 ©Collection Chaumet, Paris
大きなペア・シェイプ(洋梨形)のダイヤモンドが目を奪う、堂々としたティアラ。デザインは伝統から脱却し、アール・デコ・スタイルを先取りした植物のフォルムを様式化したのが特徴の作品だ。

《ブルガリのティアラ》 ブルガリ製作、1930年頃、アルビオン アート・コレクション
ダイヤモンドを緻密にセットしたシャープなラインの基底部と、その上に連続して立ち上がスクロール(渦もしくは波状の装飾)のラインとのコントラストが美しい作品。ティアラをあまり作らなかったブルガリ製の数少ない貴重なティアラである。

《マウントバッテン・ティアラ》 ヘネル社 ロンドン製作、1870年/1937年に一部改作、レディ・ブレイボーン蔵、 ©A. C. Cooper
イギリスのヴィクトリア女王の孫娘、プリンセス・ヴィクトリア・フォン・ヘッセンに贈られたティアラ。星のモチーフは1870年頃に大流行したデザインで、イギリス王室代々の婚礼に立ち会ってきた逸品。

《グレース・ケリー モナコ公妃着用のティアラ》 ヴァン クリーフ&アーペル製作・蔵、1976年 ©Van Cleef&Arpels
ハリウッドのスーパー・スター、グレース・ケリーがモナコ公妃となり、長女プリンセス・カロリーヌの婚礼の際に着用したティアラ。気品の中にキュートなテイストがあり、ネックレスとしても着用できるフレキシブル・デザインに仕上げている。
第10章 日本とティアラ
日本にティアラが登場したのは皇室の洋装化が導入された明治時代。十分に近代化・西洋化が進んでいることを欧米諸国に分かりやすく伝えるため、明治19(1886)年、女子の宮廷服を全面的に洋服と定め、貴族や華族の女性たちもそれに習うようになった。婚礼をはじめ、儀式や外交の場でティアラが日本女性の頭を飾るようになった。

《ダイヤモンド・ティアラ》 1923年-24年頃 ミキモト製作・蔵 ©K.MIKOMOTO&CO.,LTD.
御木本真珠店(現・株式会社ミキモト)が大正時代に製作した記念すべきメイド・イン・ジャパンのティアラ。日本女性の黒髪の美しさが際立つ優雅なフォルムが特徴で、中央に輝く3カラットのダイヤモンドは脱着式で指輪や胸飾りに使える仕掛けになっている。
ティアラの系譜は、芸術の歴史
第1章から第10章まで順を追って鑑賞していくと、時代の移り変わりがクッキリと浮き彫りになってくる。絵画や彫刻など、他の芸術と同じように流行があり主張がある。ティアラは、その変遷がもっともわかりやすく表現された宝飾品であり、目線を変えればジュエリーのいちカテゴリーと云うよりも独立した“アート”作品に見えてくる。他の美術品と同じように、ティアラの系譜を見ることは芸術の歴史を見ていく過程に等しい。
また、素材の変化や優れた技術(職人技)、1点1点に秘められた数奇な物語など、いにしえの時代をありありとイメージさせる、さまざまな見方が楽しめるのが「ティアラ展」の魅力である。

《デヴォンシャー・パリュール》 C.F.ハンコック製作、1856年、デヴォンシャー コレクション チャッツワース資産継承委員会、The Devonshire Collection, Chatsworth. Reproduced by permission of the Chatsworth Settlement Trustee
ティアラ、ネックレスなど7点から成るパリュール(揃いのセット)は88個のカメオとインタリオがセットされており、中にはルネサンスの偉大な芸術家たちのサインが刻まれた傑作も数多く含まれている。

見事な演出(展示のしかた)にため息、またため息
ティアラはなぜ、これほどまでに世の女性たちを魅了しつづけるのか? 一言で云えば「カワイイ! ステキ!」に尽きる。美術に興味があろうとなかろうと、「ティアラ展」はそんな「キレイなもの大好き!」と云う気持ちを大満足させてくれる展覧会である。
特に、ステキなティアラを、もっとも魅惑的に見える角度で配置し、もっとも美しく輝く照明を当てている演出(展示のしかた)に、拍手を贈りたい。「見事!」の一言である。
目線を数ミリ動かすだけで色彩が、反射光がガラリと変わり、まったく違う表情がみえてくる。神々しさに隠れた魔物、しとやかさに潜む欲望……、まさしく女性だけが持つ妖しい魅力にふれるような、見てはいけないものを偶然見てしまった高揚感と羞恥が入り混じった何とも表現できない気持ちが、結果として“ため息”となって出てくる。
個人的には、最後の展示品である2006年トリノオリンピックの金メダリスト・荒川静香さんに贈られたティアラが、トリノでの素晴らしい演技を呼び起こし、とても印象的だった。
「ティアラ展」で、美しいものを見た時の感動と満足感を、多くの人に味わってもらいたい。できれば「ジュエリーなんてチャンチャラおかしくって」とタンカを切る男性諸氏は、ぜひとも本展覧会で「美しいものを見る“目”」を養っていただきたい。

最後に一言 見どころはまだまだあります!
会場の入り口と出口の2個所でティアラにちなんだ映像を上映。バンドーを付けたプリンセス・ダイアナや日本の皇室の女性たちが身に付けたティアラは印象的。その他、希少なデザイン画やティアラの製造過程で作られるニッケル・シルバー(銅とスズの合金)の「型」(照明の配置が絶妙で壁に映し出された影が美しいこと!)も隠れた見どころ。昨年、東京都庭園美術館で開催された「アール・デコ・ジュエリー展」をご覧の方なら、共通点が見つかり、より一層楽しめる。
また会場で聴ける音声ガイドは、俳優の鹿賀丈史が英雄ナポレオンに扮して担当。聴き応えある美声で作品の雰囲気を盛り上げてくれる。
グッズ売り場では、ポストカードやクリアファイルなどの記念品に加えて、ティアラが1,990~10,290円と手頃な価格で販売。オススメは「ティアラ展」図録。2,600円と少々値が張るが、展示品にちなんだ豪華なつくりで、家に帰ってから改めて“ため息”がもれるだろう。
TEXT by Sakae Ishikawa
DATA
●名称/プリンセスの輝き ティアラ展 ~華麗なるジュエリーの世界~
●会場/Bunkamura ザ・ミュージアム
●会期/1月20日・土~3月18日・日
●開館時間/10時~19時(毎週金・土曜日は21時まで/会期中無休)
●入館料/1,300円(一般/当日)
●所在地/〒150-8507 東京都渋谷区道玄坂2-24-1(渋谷・東急本店横)
●アクセス/JR渋谷駅(ハチ公口)、東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷
駅より徒歩7分、東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線渋谷駅より徒歩5分
●問い合わせ/「ティアラ展」
テレフォンサービス03-6215-4405(24時間/自動音声対応)
巡回展
<新潟展>
●会場/新潟県立万代島美術館
●会期/4月1日・日~5月9日・水
<京都展>
●会場/京都府京都文化博物館
●会期/6月9日・土~7月22日・日
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