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 MIHO MUSEUM「いにしえのほほえみ-地中海から東アジア・日本まで-」



MIHO MUSEUM
開館10周年記念特別展Ⅱ

 「いにしえのほほえみ  -地中海から東アジア・日本まで-」


会期 2007年7月14日~8月19日
会場 MIHO MUSEUM

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2500年~2600年程前、ギリシアのアルカイック期に作られた奉納の人物像や神像に「ほほえみ」が出現したという。
「ほほえみ」は、神々の恩寵にあずかる人間の姿の表現であり、それまで無表情であった彫刻に生命を与えた。
MIHO MUSEUMで開催される「いにしえのほほえみ-地中海から東アジア・日本まで-」は、
この「ほほえみ」をテーマに、西アジア、エジプト、地中海、中央アジア、南アジア、東アジア、
そして日本の作品、約100件、110点余りの作品で構成される展覧会だ。
地域や時代によって変化するさまざまな「ほほえみ」を鑑賞することで、その背後に息づくやさしい心を感じ取ることができるだろう。

<展示構成>

第1部 オリエント ―西アジア、エジプト― 多神教の世界
《礼拝者像》 メソポタミア 早期王朝 BC2600年~BC2350年 石 高:41.3cm.幅14.5cm. ニューヨーク・メトロポリタン美術館蔵
 シュメール文明の早期王朝時代は礼拝者像が発達した。これは、シュメールの神殿が、誰にでも開かれたものではなかったから。神の像が祀られている至聖所(しせいじょ)の中には、礼拝者の身代わりとして石灰岩や石膏の彫像が神に捧げられた。通常、その彫像の両手は腰の高さで前に組まれている。これは、祈り、すなわち神への語りかけの姿勢だ。このような象を奉納することにより、奉納者の魂は永遠に神の御前にあると考えられていた。彫像の表情は、時に生真面目であり、時に最高のほほえみを示している。この礼拝者像は、当時、西アジアに広まった羊毛皮の衣を着けている。現在では失われているが、眼の部分は貝殻とラピスラズリなどで作られていたのだろう。大きく開いた眼、快活な眉の線、そして口元には、ほほえみが輝いている。

第2部 東地中海 ―ミノア、ギリシア、ヘレニズム、ローマ― 多神教の世界
《青年像頭部》 ギリシアBC6世紀後期 大理石 高:24.1cm.幅:15.5cm.
 この青年像頭部の髪飾りや髭の形は、パリのルーブル美術館の騎馬人物や、アテネ・アクロポリス博物館の子牛をになう男性像など、アルカイック期の彫像に類例が見られる。この頭部はわずかに左側を向いている。右後ろ頭部が未完成であることから、向かって右側から斜めに眺めるように作られたものと考えられる。西暦前6世紀中ごろのギリシアでよく作られるようになったディオスクーロイ、すなわちゼウスの息子像は、騎馬の並立像で、若い貴族の模範とされ、神殿の境内に置かれた。この青年像の頭部は、そのような彫像の一部をなしていたのだろう。古代ギリシアにおいて、騎馬は貴族の徳と勇猛さの象徴だった。青年像の表情には、神々の寵愛と栄光を一身に受けた若者の、満たされたほほえみが感じられる。

第3部 中央アジア ―ガンダーラ、タリム盆地― 仏教世界
《燃燈仏授記図浮彫》 ガンダーラ 2世紀 片岩に金箔 高:22.2cm.幅:21.3cm.  ニューヨーク・メトロポリタン美術館蔵
 釈迦による直接の布教が行われなかったガンダーラでは、釈迦の輪廻転生を扱った本生譚(ほんじょうたん)が好まれ、発達した。この燃燈仏授記図浮彫(ねんとうぶつじゅきずうきぼり)は、釈迦が前世でスメーダ菩薩として修行していた時の物語を表している。その物語によると、前世でスメーダ菩薩だった釈迦は、この世に出現した燃燈仏と邂逅したとき、花を捧げ、泥道に自らの衣と髪の毛を敷き、未来に仏となる予言と保証を燃燈仏から授けられたという。この燃燈仏授記図の浮彫を見ると、中央右よりに燃燈仏、その左に花を捧げるスメーダがいる。また、燃燈仏の足元にひれ伏し、髪の毛を敷いている人物もスメーダを表している。そのスメーダの右手が、燃燈仏の右足を捉えているのは、仏への絶対的帰依を感じさせる仕草だ。花を捧げるスメーダの後ろに控えている娘は、来世の釈迦の后である。この后をはじめ、登場人物たちの表情はにこやかであり、法悦の情景が具体的かつ劇的に表現されている。

第4部 南・東南アジア ―グプタ、クメール、チャンマイ、アユタヤ、ロプブリー他― 仏教世界
《如来坐像》 カンボジア 12世紀 青銅
 「如来」とは真理の世界(如)から来た者という意味で、悟りを開いた者を指し、「仏」、「仏陀」とも呼ばれる。スリランカ、タイ、カンボジアなど南・東南アジア諸地域に伝わった南伝仏教(上座部仏教)では、如来とは釈迦のことを意味している。結跏趺坐した如来の、左手は願いを聞き入れる印の与願印、右手は魔を降伏する降魔印(ごうまいん)になっている。半眼で瞑想する如来の表情には、仏教がカンボジアで擁護された時代の、穏やかで洗練されたほほえみが感じられる。

第5部 東アジア ―中国・漢~宋、遼、朝鮮・新羅、渤海― 仏教世界
《二仏並坐像》 高句麗 半拉城第二寺址出土(渤海) 6世紀 凝灰岩 高:28.5cm. 東京大学考古学教室蔵
 この二仏平座像(にぶつ・へいざぞう)は、二つの挙身光背(きょしんこうはい)があたかも花びらのように重なる中に、二仏平座、菩薩一尊、羅漢一尊、そして天人5人を配置している。二仏平座は、中国5世紀の僧・鳩摩羅什(くまらじゅう)の訳した『妙法蓮華経』の中の経文「見宝塔品(けんほうとうぼん)第十一」に基づく釈迦仏と多宝仏だ。二仏とも、両手を両膝の上に置き、両足は結跏趺坐(けっかふざ)し、台座は、衲衣(のうえ)の一部が広がり垂れ下がった形の、裳懸座(もかげざ)になっている。頭光(ずこう)は二重の同心円で、花弁の意匠があしらわれている。向かって左側の仏は、顔の部分が欠損しているが、右の仏の顔は面長で、眼は切れ長。鼻筋が通り、口元をあげ、笑みをたたえている。二仏の上方にいる5人の天人は、蓮の花の中なから顔だけをのぞかせている。これは、浄土思想における蓮華化生(れんげけしょう)、つまり極楽への往生者が蓮の花から生まれるという信仰につながっている。

第6部 日本 ―古墳~江戸― 古墳時代、拈華微笑、神仏習合
《鬼子母神像》 円空 作 17世紀 材:木 総高:103.5cm. 中観音堂(岐阜県羽島市)蔵 岐阜県指定重要文化財
 江戸時代前期の天台宗の僧侶、円空は、64年の生涯で12万体の仏像を彫ったと言われている。その円空の出生の地と言われる羽島市にある、中観音堂の本尊は、円空作の十一面観音像だ。それと同時期に作られたと考えられているが、この鬼子母神像である。またこの鬼子母神像は、円空の聖徳太子像と同じ素材から彫られた、対の関係にある作品であり、円空仏の中で唯一とされる鬼子母神でもある。顔は鑿跡が目立たない程度に丸みを持って丁寧に仕上げられており、浅く緩やかなカーブを描いて彫られた目や鼻に、穏やかな慈母の微笑が表されている。

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