2008年10月24日、ブリヂストン美術館で開催された、内覧会の模様です。
19世紀後半。ナポレオン3世の庇護の下、セーヌ県知事オースマンによる、都市大改造によって、衛生的且つ優美な都市へと変貌したパリ。近代化へと移りゆくパリの姿を、画家や版画家たちの眼を通してお楽しみいただける展覧会です。
◎会期:2008年10月25日(土)~2009年 1月18日(日)
本展タイトルにもなった、「パサージュ」には、いろいろな意味がありますが、18世紀から19世紀の前半にかけて、フランスの都市部、特にパリやリヨンなどで盛んに建造された、建物どうしをつなぐ”屋根付きアーケード街”を指す意味もあるのだそうです。
◆Ⅰ プロローグ ― 近代都市パリの始まり

左: 会場に入ってすぐ、参考地図(パリの代表的なパサージュおよび芸術家たちの交流場所を含む)が展示されています。当時、セーヌ右岸にパサージュは多く造られていたそうです。
右: こちらの3点は、ポール・カヴァルニの作品。商業主義を優先するオースマンの大改造を批判する表現が見られます。
◆Ⅱ 懐古
左右どちらも、シャルル・メリヨンの作品。左は、《プティ・ポン》1850年以降、右は、《パリの銅版画:ポン=ト=シャンジュ》1854年。
産業革命によって、人口が増えたパリは、都市部の貧困、不衛生による伝染病の蔓延など、様々な問題を抱えていましたが、オースマンの都市改造計画により改善されていきます。しかし、歴史的建造物やパサージュなども、次々と取り壊されることとなります。
近代化により、変わりゆくパリの姿は、ボードレールやメリヨンら、遊歩する芸術家たちのイマージュの源泉となりました。
写真左の《プティ・ポン》。画面奥に2つそびえる塔は、ノートルダム寺院です。ここでメリヨンは、寺院の偉大さを強調するために、実際よりも高さを増して表現しています。
◆Ⅲ 近代都市生活
Ⅲ-1 近代都市生活:古きパリ、変わりゆく都市

左: 左右とも、メリヨンの作品。左は《シャントル通り》1862年、右は《パリの銅板画:ノートルダム寺院の後陣》1853年。 《シャントル通り》でも、メリヨンは絵に効果を加えています。細い街路の向こうに尖塔が見えますが、この街路の狭さや切り立つ深さ、尖塔の高さを強調するために、人物を実際よりもかなり小さめに描いています。
メリヨンは、元海軍の所属で、航海中にデッサンを始めます。やがて、油絵を目指しますが、色盲であったがゆえ断念し、版画に転向します。
右: 左右とも、オーギュスト=ルイ・ルペールの作品で、協会版『レスタンプ・オリジナル』第1号(1888年)所収。
左は《オーステルリッツ橋から望むセーヌ川》、右は《モンターニュ=サント=ジュヌヴィエーヴ通り》1888年。
木口木版と呼ばれる、ツゲのような固く高密度な木を、水平方向に切った断面に、ビュランという刃物で彫っていく、特殊な技法で制作されています。
またここでは、ガンピ紙という、コピー用紙の3分の1以下の厚さしかない、ごくごく薄い紙を使用。失敗したら、やり直しが難しい版画ですが、こちらの作品、ものすごい超絶テクニックです!細かな表情の彫り分けなど、ぜひ、間近で実物をご覧いただきたい!
Ⅲ-2 近代都市生活:交流

左右とも、エドゥアール・マネの作品。
左: 《オランピア》1865年頃。当時、裸婦を描くには、神話などになぞらえて表現するのが常でしたが、マネは生身の女性として描き、また、裸体の表現が平坦であったことなどから、一大スキャンダルを巻き起こします。
この頃、美術界は、過去の時代的な衣装や風俗を敢えて表現するのが主流であったそうですが、マネはこの風潮に反対し、ありのままの姿、状態を描こうとしていました。
右: 左は《自画像》1878-79年。世界にたった一つだけの、マネの全身像。貴重です。右は《オペラ座の仮装舞踏会》1873年。

この段すべて、エドガー・ドガの作品。
左: 左は《踊り子》、右は《踊りの稽古場にて》1895-98年
中: 《右足で立ち、右手を地面にのばしたアラベスク》1882-95年
右: 《右手で右足を持つ踊り子》1896-1911年
ドガは、ポーズからポーズへと、移り変わる瞬間の人間の動きに興味を持っていました。マイブリッジの「動き」を捉えた連続写真にも興味を持っていたようです。
※Art inn:内覧会レポート!東京都写真美術館コレクション展「ヴィジョンズ・オブ・アメリカ」、マイブリッジの箇所参照のこと。⇒こちらから
◆Ⅳ エピローグ ― 空想と願望あるいは夢

左: 左右とも、ロドルフ・ブレスダンの作品。左は《魔法の家》1871年。右は《『ラ・ルヴュ・ファンテジスト』の口絵》1861年。
ブレスダンはリトグラフを多く制作しています。古代のものと幻想的な風景を合わせた世界観には、不思議な魅力があります。
また、彼の性格は、偏屈で変わり者だったとか。作品の中には、よく文字(自分の名前も!)が書き込まれており、版画の特性上、反転して描くことから、中にはスペルミスも有りとのこと。
右: 左はオディロン・ルドン《神秘の語らい》、右はロドルフ・ブレスダン《私の夢》1883年。
ブレスダンはルドンの絵の先生だったのだそう。ふたりとも、ボルドーに縁があり、植物をよく描いています。
時代とともに移り変わる都市の風景。変わるのはその景観だけでなく、そこに暮らす人々の心も変化していくようです。
そんな近代化していく都市の様子を、それぞれの芸術家たちの表現を通して、今日の私たちが垣間見れるのは、とても贅沢なことだと思います。
皆さんもぜひ、19世紀後半、パリの息遣いを感じてみませんか?
[ text by Art inn編集部]
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