本展は、ロシアの殿堂と呼ばれるモスクワのトレチャコフ美術館所蔵の、19世紀の絵画75点を展示。創始者であるトレチャコフの熱心なコレクションから、ロシア美術の代表画家たち、レーピンやクラムスコイ、シーシキン等、リアリズム(写実主義)から印象主義へ至る過程をご紹介。彼らはフランスで洗礼を浴び、ロシアの生活、芸術のあり方を問い直しました。
さらにロシアといえば、壮大で厳しくも美しい自然の風景、また、人々の暮らしの様子や偉大なる文豪たちの肖像画など、当時のロシアが偲ばれる展覧会です。
◎会期:2009年4月4日(土)~6月7日(日)
本展は5章構成。以下、各章ごとにさくっと追っていきます♪
第1章 抒情性リアリズムから社会的リアリズムへ
↑左:《鳥追い》1870年、右:《眠る子どもたち》1870年 共にワシーリー・ペローフ
どこまでも続く広い地平線と、雲の立ち込める低い空の風景画が続きます。そこには、広大な自然と人々の調和した営みが、ロシアの冷たい空気と共に、非常にリアルな筆致で描かれています。
また、19世紀後半のロシア絵画では、庶民に対する温かな眼差しを描いた絵も登場します。中でも、トレチャコフが注目していたのは、社会派リアリズムの画家、ワシーリー・ペローフの作品。
《鳥追い》という作品では、森の中で、おじいさんと少年が鳥を捕まえるために罠を仕掛けています。捕らえた鳥は、食べるのではなく、市場で売られ、ロシアの伝統的な習慣に使われます。夏頃から半年間、家で飼い、翌年の3月ごろ、再び森へ放ちます。これは、自然を愛する心を忘れないための儀式なのだそう。残念なことに、今では段々無くなって来ているそうですが。
《眠る子どもたち》では、農家の納屋で眠る二人の子どもの姿が描かれていますが、彼らは遊び疲れて眠っているのではなく、児童労働の後、くたくたになって眠り込んでいるのだそうです。ペローフは絵画によって社会を訴えたのです。
第2章 日常の情景
左:イラリオン・プリャニシニコフ《狩の終わり》1884年、右:ワシーリー・マクシモフ《嫁入り道具の仕立て》1866年
19世紀後半のロシアでは、「中流の」人々の日常を描いた風俗画が大変広まりました。ロシア人が愛してやまない森での狩りの様子やお見合いの様子など、平和な日々の風景が展開します。ここでの庶民とは、農民や小役人、あるいは都市の素朴な人々で、絵画の中で繰り広げられる、ささやかな場面からは、当時の風俗、習慣、人々の心理なども垣間見られるようです。
第3章 リアリズムにおけるロマン主義
左:《静かな修道院》1890年、右:《たそがれ―干し草》1899年 共にイサーク・レヴィタン
19世紀最初の10年間にロシアにもっとも強く現れたロマン主義。そもそも、ロマン主義とは?美術では、1800~1850年ごろ欧米で広まった動向で、感情表現を抑制し、明快で完成度の高い表現を目指す古典主義や新古典主義に対して、激しい感情や豊かな想像力を持って、時に劇的な感情をも表現するもの。
ロシアにおけるロマン主義では、自然を神と同じように畏怖し崇拝するような精神で描かれています。相変わらずリアリズムの画風は確固たるものですが、どこかメルヘンチックな雰囲気を醸し出していたりします。
第4章 肖像画
19世紀後半、リアリズムにおいての肖像画は、大変重要な成果を現します。個人の精神性をも描き出す確かな筆致は、人間観察と尽きることのない興味から得られた賜物です。
イワン・クラムスコイ《忘れえぬ女(ひと)》1883年
本展、メインビジュアルであり、19世紀絵画でもっとも人気のある作品のひとつ。幌を揚げた馬車からこちらを見下げるような視線でみつめる若くて美しい女性。このモデルは一体誰なのか、様々な憶測が飛び交い、有名な文学作品の登場人物に重ねる意見も出ていますが、実際、この絵の中で、彼女は寒々としたロシアの外気に晒されている状況から、身分は高くなく、日陰の女性では無いかとの意見も。強がっているようにも見えるその眼差しは、本当は脆い心を守っているかのようにも映ります。
左:ニコライ・ゲー《文豪トルストイの肖像》1884年、中:イリヤ・レーピン《文豪ツルゲーネフの肖像》1874年、右:ヨシフ・ブラース《文豪チェーホフの肖像》1898年
あの超有名なロシアの誇る文豪たちがズラリ!本人も激賞したという、レーピン作、ツルゲーネフの肖像画も。また、並んで当時の代表的な若い美術アカデミーの学生の肖像画(ヤロシェンコ作)も展示。この左翼系の若者の姿は、当時の世相を物語るかのような、やや斜に構えたポーズと目線。著名な文豪たちも、この若者のような時代があったのだろうか…と感慨しきり。
第5章 外光派から印象主義へ
左:イサーク・レヴィタン《満開の林檎の木》1896年、右:ワシーリー・ポレーノフ《アブラムツェヴォの池》1883年
1860年代から1870年代初頭、ロシアでは、芸術を純粋に追求するよりも、まずは社会的問いを優先することを迫られました。クラムスコイらは、1870年代に、自由で大胆なフランス絵画の影響を受けますが、ロシアではまだ早いと考えたようです。
しかし1870年代以降、外光派絵画にロシアの画家たちが夢中になり、光の持つ美しさを表現していきます。やがて、1880年代から1890年代に、ロシアの印象主義は台頭していきます。きらめく光、澄んだ大気、白い雪に落ちる青い陰など、自然の美しさが目いっぱい表現されています。
ロシア絵画というと、正直ピンと来ていなかったのですが、本展での19世紀絵画を通して、リアリズムの基礎の上に培われた印象主義的表現への変遷、また当時のロシアの風俗、精神なども感じられるいい展覧会でした。色調こそ控えめなれど、素朴で実直な印象を受けました。
また、本展では白い林檎の花の絵がいくつか観られます。日本では今まさに桜が満開ですが、ロシアでは5月ごろに咲く林檎の花に、春の訪れを感じるのだとか。桜を見ながら遠いロシアの春を想像してみるのもよいでしょう。
[ text by Art inn編集部]
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