世界にも数少ないエジプト専門の博物館として、3万数千点を所蔵する、トリノ・エジプト博物館。日本ではまだあまり知られていませんが、多くの重要な作品を所蔵。
そもそも、コレクションの歴史はとても古く、17世紀前半にまで遡るといわれています。19世紀にはナポレオン遠征に従軍したフランス総領事がエジプトで収集したコレクションが、イタリア王国の前身であるサルディーニャ王国に購入され、現在のトリノ・エジプト博物館の中核となったのです。
本展では、そのコレクションの中から、ミイラに彫像、アクセサリー、パピルス、石碑など、珠玉の約120点を展示。この夏、悠久のエジプト世界があなたのそばに!
◎会期:2009年8月1日(土)~10月4日(日)
以下、ざっとご紹介♪
本展では、ディール・アル=マディーナ出土と表記されているものがよく登場します。
このディール・アル=マディーナとは地名で、当時のエジプト語で「町(アル=マディーナ)の修道院(ディール)」という意味。この地にあったプトレマイオス朝時代のハトホル神殿が、エジプトのキリスト教徒であるコプト教徒によって、修道院として利用されていたことに由来します。
ここは、王家の谷と、王妃の谷を造営する、職人たちの町でした。
ディール・アル=マディーナからは、実に様々なものが出土されましたが、当時高価だったパピルスの代わりに、石灰石や土器片などに図面や契約書の類を書き連ねた「オストラコン」も出土。
その他、面白いところで、ピンセットや、目を線状に縁取るための化粧棒なども展示。
当時のエジプトでは、体毛は不浄のものとされていたため、大人も子どもも剃髪し、かつらを被る習慣があったのだとか。ピンセットは脱毛のほか、巻き毛をつくるのにも使われたそう。身だしなみは太古の昔から大事だったのです!

大型彫像のコーナーは、トリノ・エジプト博物館と似た雰囲気。奥行き有る会場に、彫像がズラリと並ぶ様は圧巻。
中でも必見は、《イビの石製人型棺の蓋》。金属光沢のある黒っぽい石で出来た棺の蓋は、アメン神殿の財宝監督をしていたイビのもの。
王以外で、これほどまで立派で完成度の高い棺は稀であり、彼が、当時の最高級の芸術家を雇うだけの力があったことがうかがえます。

そして、お待ちかね、《アメン神とツタンカーメン王の像》の登場!高さ約2メートル、非常に滑らかな石灰岩で出来た彫像は、威厳に満ち溢れています。
そして何より、テーベの主神アメン神に忠誠心をしめす王の姿が、とてもよく表れています。というのも、王が神よりも一回り以上小さく表現されており、また、像の裏手に周ると分かるのですが、王の右手が神の右肩に回されていますが、神の両手は膝の上へ。アメン神に対する王の従属関係は明白です。
さらに見逃せないのが《死者の書》。長さなんと3メートルにも及ぶ、大長編巻物。
《死者の書》は、冥界に行くための案内が描かれたパピルスで、死者が来世で復活するための呪文が、約200も記載されています!
特に見所といえば、死後の裁判の場面。死者がオシリス神の前で「罪の否定告白」をし、心臓とアマトの羽を秤に載せ、もし釣り合わなければ、心臓は想像上の怪物にオシリス神の前で食われ、永遠の命は得られないのです。
ミイラの足の裏に描かれた絵も展示。靴の中敷のような形状に、手足を縛られた外国人捕虜が描かれています。
死はある種の義務と責任をもたらすもので、前千年紀には、死者も国を守る役割があり、王と同様、エジプトの敵を踏みつける必要があったのだとか。死者にまで役割を振るとは、少々切ない…。

ミイラのコーナーでは、包帯の中の人物をX線調査し、復元した顔も展示。ハルワという名の男性で、45歳~50歳の間に、心臓発作か肺炎の為死亡とのこと。当時としては一般的な病。
なお、本展オフィシャルサポーターは沢村一樹氏。音声ガイドもご担当されてます。そしてお隣の美女は、トリノ・エジプト博物館館長のヴァシリカ氏。
今年は、先に始まった「海のエジプト展 」に引き続き、エジプト満載の夏!トリノ・エジプト展には、また一味違う落ち着いた趣があります。全体を通して一番印象的だったのは、エジプト人の来世での復活への思いの強さ。どれほど熱心かは、出土品の数々を見ていれば分かります。来世を信じるからこそ、今世の苦役に耐えられたのかもしれません。
ヒエログリフを解読したフランスのシャンポリオンは、「メンフィスとテーベの道は、トリノを通過している」という言葉を残しました。古代エジプト研究者たちが訪問せずにはいられないほど、豊富なコレクションを持つトリノ・エジプト美術館。今、ここ日本で見られるチャンスです!
[ text by Art inn編集部] 2009/8/4
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